テスコボーイの栗毛産駒は走らなかった??
テスコボーイと言えば、1970年代には何度もリーディングサイヤーになった日本の名種牡馬の1頭です。
しかし当時、生産界では奇妙な説が流布していました。「テスコボーイの栗毛産駒は走らない」という説です。
ディープインパクトの仔に栗毛系(=栗毛および栃栗毛)は1頭もいないことをご存知でしょうか?
鹿毛系(=鹿毛、黒鹿毛および青鹿毛)と栗毛系の配合のみならず、鹿毛系同士の配合でも栗毛系は生まれます。
全兄弟のアグネスフライトとアグネスタキオンが良い例ですし、最近の活躍馬ではスワーヴリチャードがそうです。
しかし、多様な毛色の牝馬に交配して既に産駒数は1500を超える鹿毛のディープインパクトですが、栗毛系の産駒は一切いません。なぜでしょうか?
鹿毛系独特の濃色を誘発する遺伝子を通常「E」と呼んでいます。Eの対立遺伝子は「e」であり、Eはeに対して優性です(←メンデルの「優性の法則」)。
各馬の遺伝子型はEE、Ee、eeのいずれかになり、栗毛系になるには遺伝子型がeeとなることが絶対条件なのですが、遺伝子型EEの馬は仔に遺伝子Eしか授けないため、
仔の遺伝子型は必然的にEEまたはEeとなり、絶対に栗毛系にはなりません。よって、ディープインパクトの遺伝子型はEEであると断定できます。
Sadler's Wellsやマンハッタンカフェなども同様です。
ここで話をテスコボーイに戻すと、産駒に栗毛がいることから、テスコボーイの遺伝子型はEeと断定できます。
ちなみに、サンデーサイレンス、ハーツクライなども産駒に栗毛がいることから遺伝子型はEeであることが分かります。
もしもですよ、テスコボーイの栗毛産駒の能力が相対的に低いということが本当だったとしたら、それは科学的にどのように説明できるのでしょうか?
遺伝子のEもeも、或る特定の染色体の上に存在します。その染色体にはEやeといった毛色決定遺伝子以外に、色々な遺伝子が載っています。
つまり、多種多様な遺伝子が1つの染色体に「混在」しているのです。よって、もしも、遺伝子eを搭載したテスコボーイの染色体に、
競走能力低下を惹起する遺伝子が混在していたなら、デマに近い上記の説は科学的に本当だということになります。
ちなみにこれが遺伝学で言う「連鎖」です。
しかしそのようなことを証明するには、栗毛系産駒と非栗毛系産駒の双方の相当数のサンプルを用いて厳密な統計解析を行うことが必要です。
そんな科学的解析など誰もやらなかったはずで、単に、テスコボーイ産駒で活躍した馬は鹿毛系が多かったというだけです。
これは、以下のとおり当たり前の話にすぎません。
メンデルの「分離の法則」上、テスコボーイが栗毛系牝馬と交配した場合、生まれてくる仔の毛色の確率は鹿毛系:栗毛系=1:1です。
一方で、鹿毛系牝馬と交配した場合、その牝馬の遺伝子型がEeなら生まれてくる仔の毛色は鹿毛系:栗毛系=3:1ですが、
その鹿毛系牝馬の遺伝子型がEEであったなら絶対に栗毛系は生まれません。
サラブレッドの多くは鹿毛系なのですから、当然にテスコボーイのお相手の牝馬は鹿毛系が多かったはずですし、
このようにメンデルの「優性の法則」と「分離の法則」に基づき考えてみれば、いかに当時は迷信に翻弄されていたかということが分かります。
栗毛産駒を不当に買い叩かれた当時の中小の牧場が改めて気の毒になりましたが、
テスコボーイの晩年に栗毛のサクラユタカオーが出現したのは何よりでした……。
(2018年4月22日記)
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