「氏より育ち」は本当か?

「氏(うじ)より育ち」……この言葉の意味を辞書で調べてみると、「家柄や身分よりも、育った環境やしつけのほうが人間の形成に強い影響を与えるということ」。 今回はここで言う「家柄や身分」を「遺伝」に置き換えてみてちょっと考察してみたいと思います。

ベストセラーとなり2017年の新書大賞を受賞した『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲 新潮新書)という本があります。 この中で「遺伝にまつわる語られざるタブー」と題して、往々にして努力は遺伝に勝てないことがデータを示しながら論じられており、以下はその中の一節です:

「学校教育では、すべての子どもによい成績を獲得するようがんばることが強制されている。 もしも知能が遺伝し『馬鹿な親から馬鹿な子どもが生まれる』のなら、努力は無駄になって『教育』が成立しなくなってしまう。 だからこそ、自然科学の研究成果とは無関係に、『(負の)知能は遺伝しない』というイデオロギー(お話)が必要とされるのだ。 (中略) どれほど努力しても逆上がりのできない子どもはいるし、訓練によって音痴が矯正できないこともある。 それと同じように、どんなに頑張っても勉強できない子どももいる。 だが現在の学校教育はそのような子どもの存在を認めないから、不登校や学級崩壊などの現象が多発するのは当たり前なのだ」

氏より育ちなのか、つまり個々の能力は先天的なのか後天的なのか、これについては、同じ家庭環境や教育環境の双子を利用した科学的研究が国内外で進められています。 一卵性双生児は遺伝子共有率は100%、つまり全く同じ遺伝子構成である一方で、二卵性双生児の遺伝子共有率は50%、 つまり通常の兄弟姉妹と同じ関係(ところどころ似ている)です。例えば、学力、運動能力、嗜好性などの多種多様な評価項目を設定します。 それら各項目において、一卵性双生児間と二卵性双生児間のデータの「ばらつき具合の差」を調査し、 そこに統計的有意差が見られた部分が「遺伝」に依拠するというのが上述の研究の要旨です。

この研究の第一人者として慶応大学教授の安藤寿康氏がおり、氏の著書『日本人の9割が知らない遺伝の真実』(SB新書)や 『「心は遺伝する」とどうして言えるのか ふたご研究のロジックとその先へ』(創元社)ではこれら研究の内容が詳述されていますが、 端的に言えば、学力、運動能力、性格などの特定の項目において、一定の割合で「遺伝」が作用しているということが、科学的にも益々証明されつつあるのです。

人の場合は「生まれつきの家系か、それとも教育か」、サラブレッドの場合は「血統か、それとも育成や調教の成果か」 ……これらの議論は常に続いていますし、今後もエンドレスに続くでしょう。 上述の安藤教授の著書では、どこまでが遺伝に依拠しているかの数値が言及されていますし、これらの裏付けも一定の範囲でなされています。 ただ、誤解をしてはいけないのは、どうしても世間一般は「全」か「無」か、「Yes」か「No」かの議論や思考に走ってしまいがちですが、 「これは氏、これは育ち」というような単純帰結の議論は全くの論外ということです。 競走馬における「血統と育成(調教)はどっちが重要か?」といったものがまさしくそれです。

私の2人の息子は二卵性双生児です。私自身もカミサンも、親として、彼らには同様の教育や接し方をしてきたのですが、 そのキャラクターの違いは驚きの連続で、あきれかえるほどであり、日々絶句です……。 いまもこれを書いている私の後ろでは、全く別のことをやっている息子たちがいます。 自分の家族を見ていても、かなりの割合で「遺伝」というものが作用していることは紛れもない事実であろうことをあらためて思い知らされるのです。

(2018年10月27日記)

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