私の思い入れの母系
獣医学科の学生時代に私は、北海道は早来町(現在は安平町)のテンポイントを輩出した吉田牧場に2度ほど実習でお世話になりました。
私のサラブレッドへの思い入れは、中学時代に応援し、悲しい最期を遂げたテンポイントが原点となっております。
なぜサラブレッドは足を折っただけで命を落とすことになるのか、なんとか方策はないのか……。
そんな想いを胸に、当時はテンポイントをきっかけに獣医を目指した者が沢山いたと聞きますが、彼らはどこへ行ったのか??? その1人が私なのですが(笑)。
そのテンポイントの母は桜花賞馬のワカクモ。本当に頑固で、人の指示に従わないこともしばしばで、筋が一本通った馬でした。
この気性があのテンポイントを産んだのでしょう。ワカクモの母は丘高(競走名:クモワカ)、オールドファンの方々はご存知のとおり、あの「伝貧事件」の主役です。
この丘高は殺処分対象の重篤な伝染病である馬伝染性貧血(通称「伝貧」)の診断を受けたものの、関係者はその症状や検査結果からそれを疑い、
法令に背きながらこの馬を殺処分したと虚偽の報告をしました。そして、どのように隠匿され津軽海峡を渡ったのかの詳細はいまだ不明ですが、丘高は吉田牧場に流れ着きました。
最終的に、関係者の熱意のもと裁判に勝ち、丘高の仔の血統登録が認められたのです。
あらためて、このファミリーに目を向けると、例えばテンポイントの姉のオキワカは、ダービー2着のワカテンザン、ライデンリーダー等を輩出したワカオライデン、
そして香港国際カップを制したフジヤマケンザンの母ワカスズランを産んでいます。
フジヤマケンザンの父ラッキーキャストは全くの無名種牡馬でしたし、テンポイントにしてもその父コントライトは他に卓越した産駒を出すことはなく、
やはり私はこの母系の底力を感じてしまうのです。
ところで、先月日高に行った際、天皇賞馬のクシロキング等を輩出した浦河の上山牧場を訪問させて頂いたのですが、そこで嬉しい出会いがあったのです。
ここの繁殖牝馬のジツリキオーシャンとフクシア、その母系はなんと丘高にさかのぼるとのこと!
牧場として、この母系はいつか必ず大物を出すと信じているとのことであり、私も大きく頷いてしまいました。
この丘高の母系は、昭和6年に下総御料牧場が輸入した星若にたどりつきます。舶来盲信の新陳代謝が活発だった生産界において、
この血は必然的に先細りとなりましたが、先月の上山牧場での出会いは予想外の本当に本当に嬉しい収穫でした。
このような信念を持った生産者の方々を今後も応援していきたいと切に思うのです。
話を戻してテンポイントの母ワカクモ。当時、彼女の首から直接頂戴したたてがみは現在も私の宝物です(ちなみにコントライトのたてがみもあります)。
あの頃を思い出しながら、今も目の前にそれを見ながらこのコラムを書いているのです。
(2018年12月23日記)
上記のクモワカの伝貧事件については、こちら は『流星の貴公子 テンポイントの生涯』(平岡泰博 集英社新書)です。
このとおりであるならば、法令に背いていなかったということになりますが、ドキュメンタリー番組や書物によって、本件に関する描写ニュアンスには差があり、
いまとなっては真相は解明しきれないというのが正直なところなのでしょう。
(2024年7月31日追記)
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