ブルース・ローの慧眼(その1)

ブルース・ロー(ブルース・ロウ)と言えば、牝系(母系)を分類する「ファミリーナンバー」の産みの親であることはご存知のとおりです。

いま、私の手許に、昭和17年(1942年)に日本競馬會が発行した『フイガー・システムによる競走馬の生産』という本があります。 この本の冒頭に「本會の序」と題した日本競馬會が書いた序文があるのですが、現在においても非常に含蓄のある文章であり、 ちょっと長くなりますが以下に記してみます(旧字体は新字体にしました):

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 本会はさきに小冊子『ヴィイエのドザージュ論について』を刊行して、サラブレツドの生産理論の一端を紹介し、些か生産者ならびに馬関係者の参考に資したが、 この度はさらに各国のサラブレツド生産者間に、過去数十年間信憑すべき生産指導書として好評嘖々たるブルース・ロー氏の『フィガー・システムによる競走馬の生産』 を翻訳刊行することにした。
 馬の生産に関して何か科学的根拠のある定則はないものであらうか、これはおそらく大方の生産者が是非とも聞きたいところであらう。 われわれは不幸にして、これならば必ず成功するといふ生産の秘訣を知らない。そこに馬産家の困難があり、同時にまた一つの芸術家としての楽しみもあるのである。
 ある馬とある馬を配合させた産駒は、誰が生産しても、必ずかくかくの馬であるといふ風に公式化されたならば、馬の生産はまことに味のないものになるであらう。 といつて生産者がなんら依るべき指針なく、無定見のままで生産に従事するといふことは、羅針盤なくして航行するが如く危険千萬である。
 本書は原著者ブルース・ローの遺稿を、遺言により親友ウイリアム・アリスンが編纂刊行したものであり、その説くところは、 ブルース・ローの創見といふよりも寧ろ数多の勝馬統計に基いた結果論であり、その結果によつて導き出された実際の生産指針である。
 メンデルの遺伝の法則が生物学界に隠然たも勢力を有する今日、 ある意味においてその先駆をなした『フイガー・システム』が生産理論に少くともある程度の科学性を与へたことは何人も否定し得ぬところであらう。
 幸ひこの小訳がわが国生産理論研究への一助ともなつて、今後この方面の研究が益々盛になり、一日も早くわが国独自の生産理論が生まれ出る日を待望してやまない次第である。
 なほ本書は相当難解な個所があるから、全然予備知識なしで、はじめて本書を読まれる方は、 まづ第一版の序文に出ているブルース・ローがウイアム・アリスン(※)に宛てた手紙(自9頁至13頁)を是非読むやうにお薦めする。この手紙は原著者が『数字指針』の大要を、 誰にもわかるやうにきはめて懇切平易に述べたものであるから、読者はこれによつて本書の概要を把むことができるであらう。

(※)「ウイリアム・アリスン」の誤植。

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ブルース・ローの『フイガー・システムによる競走馬の生産』が発表されたのは19世紀の終わり、さらにこれの翻訳本としての上述の書物が発刊されたのも80年近く前のことです。 しかしながら依然、上記の文章は現在のサラブレッドの生産界の「想い」にも相通ずるものが多々あることに驚きます。 つまりこのことは、この1世紀近い時の流れの中で、サラブレッドの生産に対しての科学的なアプローチは適切になされてきたのか? 遅々としていた部分はないのか?  という気持ちさえも惹起するのです。

ブルース・ローが自己のデータに基づきその理論を発表した当時は、まだ「遺伝子」という概念はありませんでした。 上記の序文にも出てくるメンデルは、ブルース・ローの『フィガー・システムによる競走馬の生産』が発表される前の時代に、自らが見出した法則に関する論文を発表したのですが、 あまりに斬新な思考に基づくものであったので、当時の生物学界はこれに対して全く見向きもしませんでした。 メンデルの功績が脚光を浴びたのは彼の死後の20世紀に入ってからであり、上記の日本競馬會の序文からは、 メンデルの法則が20世紀初頭にはセンセーショナルだったことが垣間見えます。

私が母系の重要性のキーワードとして掲げている「ミトコンドリア」が発見されたのも、 ブルース・ローがファミリーナンバーを付した自論を展開したのと同時期である19世紀の終わりです。 さすがにその時代はミトコンドリアという細胞内小器官の具体的な機能まで分かってはいませんでしたし、 ミトコンドリアの遺伝子は母性遺伝することが解明されたのは比較的最近の話です。 しかし、ブルース・ローは牝系ごとの成績から、系統間に「有意な能力的差異あり」と確信したのでしょう。

『ジェネラル・スタッド・ブックの歴史』(ピーター・ウイレット著、日本軽種馬登録協会訳、ウェザビー社発行)に、 1937年、当時の研究家の一人であるJ.B.ロバートソンが或る雑誌に次の寄稿をしたことが記されています:

「通常の染色体は、雄の場合であれ雌の場合であれ自由に分離し結合するものであって、各染色体が同一行動をとるわけではない。 この事実によって、競走馬を良くしたり悪くしたりする質的な要因が雌の直系の中に永久に残されてゆくという、ブルース・ロウの主張は全く無意味になってしまったのである」

これにより、牝系ごとの能力差を主張したブルース・ロウの理論は完全なまでに打ちのめされました。 このロバートソンの寄稿は、当時公に認知され始めたメンデルの法則に基づくものであり、上記の日本競馬會の序文とほぼ同時期ということに感慨深いものがあります。

しかし、時を経て、今日においては、そのロバートソンの主張こそ全く無意味なものになりつつあります。 残念ながらその時代、ロバートソンはミトコンドリアというエネルギー生産工場にも遺伝子があること、 そして母性遺伝をするその遺伝子はメンデルの法則の対象外であることなど知る由もありませんでした。 さらには、エピジェネティクス、マターナルRNA といった新規発見(概念)もあり、つまり科学とは、 昨日正しいとされたことが今日は間違いとされることの残酷なる繰り返しであることが、これらのことからも非常によく分かります。

これらのことを踏まえて考えてみると、ふと思うことがあります。 まだまだ科学(生物学)が発展途上であった時代を生きたブルース・ローですが、 自らの死後に解明される「遺伝のしくみ」を既に知っていたかのような慧眼があったのではないか? 

私自身、ブルース・ローの功績の再発見のために、『フイガー・システムによる競走馬の生産』をじっくりと読み始めたところであり、 その「慧眼」の話は追ってまたゆっくりと書きたいと思います。

(2019年9月8日記)

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