なぜ特定の牝系から多くの活躍馬が出るのか?(その8)
先日のホープフルSの入着馬の母系を何気なく眺めてみました:
1着馬: 祖母がGI馬
2着馬: 兄と叔父がGI馬
3着馬: 母が伊オークス(GU)馬で叔母2頭がGI馬
4着馬: 母がGI馬
5着馬: 祖母と3頭の伯父(叔父)がGI馬
母系の科学的な重要性を説いている身としては、その証左になるような結果に有難さも感じますが、
しかし、阪神JFを勝った馬も朝日杯FSを勝った馬も母はGI馬ですし、このような結果ばかりを見ていると、いささか食傷気味にもなりますね……。
いま、吉沢譲治さんの 『新説 母馬血統学 ― 進化の遺伝子の神秘』(講談社α文庫)を読み返したところなのですが、あらためて留意すべき記述が多くて唸っています。
その中に、『優駿』の1983年10月号に掲載された、芥川賞作家で日本犬のブリーダーでもあった近藤啓太郎さんの以下のインタビュー記事の引用があります(本書 22 頁):
「日本の競馬界をみてると、どうも雄のことばっかり騒いでいる気がするな。
……どの種牡馬がいいとか悪いとかを大騒ぎしてて、大事な牝馬について騒いでる記事はあまりみたことがない。
……外国から何億もするような種牡馬が入った、とはいうけど、本当は牝馬を輸入するのにそれくらいの熱心さがないといけないんだ。
私にいわせれば、それは初心者の誤りで、(中略)日本の競馬のいちばんダメなところは、牝よりも牡を大事にし過ぎるところだ。
わたしの感じでは、四分の三ぐらいは母親の資質の影響が強いと思うね」
これは36年も前の記事ですが、あらためてこの言葉に重みを感じませんか?
さらに、イギリスのサラブレッド生産の黎明期において、中近東や地中海南岸の地域などからは大量の種牡馬が輸入されたものの、
繁殖牝馬の輸入は極めて少なく、相手が繁殖牝馬をなかなか手放したがらなかったことについて、
「おそらく中近東をはじめとした原産国の人々は、優秀な馬をつくるには繁殖牝馬が大事であることを、長年の経験で知っていたのだろう。
そうでなければ、何百年も前の、しかも男尊女卑のきわめつけみたいなこの地域で、繁殖牝馬を売り渋ったりするはずがない」 とあります(本書 62 頁)。
そんな状況も相まって、本場イギリスとて有能な馬の生産がまだまだ手探りだった17世紀当時においては、
「種牡馬で一発逆転を狙うしかない」 という風潮があったようですが、しかしこれについては、現在の日本の生産界(特に日高の一部のブリーダー)
にも当てはまってしまう部分はないでしょうか?
令和元年の今年、次の皇位継承の話も盛り上がりました。
それとは直接は関係はありませんが、この本の 「まえがき」 で吉沢さんは、つねに父親や父系に視点を置いた話になってしまうことについて、
「封建時代の男尊女卑を引きずった歴史的な性差別が、いまだに競馬の世界には生き残っているのかもしれない。だとすれば血統も男女平等な視点が必要である」
と書かれていたのが印象的でした。
現在私は、拙著 『サラブレッドの血筋』(第3版)の来秋の完成を目指して、日々原稿の準備を頑張っていますが、
その副題は 「偉大なる母の力(Discover Maternal Power)」 を予定しております。
(2019年12月31日記)
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