全世界のGI馬を網羅した母系樹形図
セリや一口馬主の資料では、確かにブラックタイプとして近親馬、つまり同じ母系の馬の活躍状況を文字ベースで認識することはできるのかもしれませんが、
しかしそれにはやはり限界があるでしょう。
他方、樹形図ベースで各枝葉系統を広い範囲で眺めてみると、その繁栄具合が簡便かつ具体的に認識できると考え、私は世界のGI勝馬を網羅した母系樹形図の作成を継続しています。
拙著 『サラブレッドの血筋』の第2版では、2013年1月から2017年6月までの4年半のGIレースの勝馬を全て網羅した樹形図を掲載したのですが、
世界のGIは年間で500以上(※)あり、これだけでもかなりの時間と労力を費やしました。
よって、次の第3版ではとりあえず2010年以降のGIの勝馬を網羅し、第4版か第5版で今世紀(2001年以降)生まれの全GI馬を最終的に網羅しようと思っていたのですが、
中途半端なことはやめて一気に加筆しようと決意し、遂に昨年末にほぼ完了しました! 加筆したGI馬の頭数は約4300頭です。
記載ミスの確認や無駄のないレイアウトのために、現在は校正作業を進めています。
校了まではもうしばらく時間を要しますが、現時点で振り返ってみて苦労したな……と思うことのひとつに、世界のGIレースのリストアップがあります。
各国ともに、各レースのGIへの昇格やGIIへの降格は頻繁にあり、特に10年以上も前の今世紀初頭の各レースの格付変動に関する情報を集めることには本当に難儀しました。
また、スポンサー名が冠名となっているレースなどは頻繁にその名前が変更になるため、
「今年のあの名前のレースは、去年はあの名前のレースだったのか……」 などというのも非常に多く、これも一筋縄ではいかないものがありました。
権威ある IFHA の こちらのサイト も不完全で、
例えばニュージーランドのレース結果のページを見てみると、2010、2011、2015〜2018年の分がすっぽりと抜けているのです。
特に南米諸国や南アフリカのレース結果の情報収集は困難を極め、在日や現地の大使館や領事館に照会依頼をしたのですが、当然のことながら相手にされないことがほとんどでした。
しかし、そんな中、南アフリカのケープタウンの日本国大使館は、そんな厚かましい照会に親切に対応下さり、過去の各GIレースの結果リストを送付下さり、
この時は本当に涙が出るほどに嬉しかったことを思い出します。
更には、南米情報のツイッターアカウントを開設している方に僭越ながらも直接照会依頼のメッセージを送り、即座に調査および回答を下さった時は、本当に本当に感謝の気持ちで一杯でした。
この場を借りてあらためて御礼申し上げます。
私は 「ミトコンドリア」 や 「エピジェネティクス」 をキーワードに母系の科学的重要性を説いており、拙著第3版ではこれに関する論説も掲載予定ですが、
この樹形図は、その論説のバックアップ資料としての意味も持たせているのです。
ところで、ミトコンドリアの遺伝子は、核の遺伝子よりも変異速度が10倍程度速いと言われますが、
樹形図を眺めていると、この母系にはそんな変異が強く入ったのではないかと思ってしまう例がいくつもあります。
典型的なのは、アーモンドアイを輩出した 8-f 族の Best in Show の系統 で、GI馬が満員御礼状態です
(下線を付しているのが2001年以降生まれのGI馬です)。
ほとんど繁栄を見なかったのに、突如活躍馬を多数出し始める母系もあり、このような母系には急速に有意な変異が入ったのではないか? などと思ってしまうこともあります。
例えば、昨年の凱旋門賞を勝った 5-h 族の Waldgeist の母系 は、周囲の枝葉は全く伸びていないのに、突然GI馬を数多く出し始めていることに、
その4代母の Wurfbahn あたりの遺伝子に何かがあったのか? などと想像してしまいます。
ちなみに、ドイツでは馬名は母親と同じ頭文字にするルールがあり、"W" から始まる名前が並んでいるのは壮観ですね。
ドイツの生産界が頑固なまでに自らの血の優秀さを信じて、淘汰することなく守り続けた結果でしょうか。何か見習うべきことがありそうです。
また、こちらの 18 族の Lava Gold という1994年生まれの米国産の牝馬の母系 も繁栄がなかったものの、
突如この馬はアルゼンチンで3頭のGI馬を産んでしまったのです(私の樹形図では複数の種牡馬を相手に複数のGI馬を産んだ牝馬は太字にしています)。
このように、加筆対象を敢えてGI馬に特化したからこそ浮き上がって見えてくるものがあり、手前味噌ながらもこの樹形図は、世界的にも唯一無二の資料だと思っております。
私の血と汗と涙の結晶とも言うべきこの樹形図を最も利用して頂きたいのは、とりもなおさず生産者の皆様です。
生産者各位が自らの牧場に保有する繁殖牝馬をこの樹形図に加筆した場合に、その周囲にどの程度のGI馬がいるのか?
そしてどのようなタイプのGI馬がいるのか? と、これらをじっくりと眺めながら、同じ枝葉系統の活躍馬の特徴を精査してみると、
配合すべき種牡馬のヒントも見えてくるのではないかとも思われるからです。
何とか今秋(9月頃)の発行を目指して、引き続き頑張って参ります。
(2020年1月13日記)
(※)数は毎年変動しますが、正確に数えてみると毎年 460 前後でした。訂正します。
(2020年4月22日追記)
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