ウォーエンブレムに教わった愛の結晶のかたち

アメリカで余生を送っていたウォーエンブレムが死んだとのこと。鳴物入りで種牡馬として輸入はしたものの、 稀代の癖馬でなかなか牝馬に興味を示さず、当初の種牡馬としての期待値を全く充たさなかったことから保険金もおりたと聞きます。

それでも、小柄で特定の毛色の牝馬にはなんとか興味も示したようですが、依然関係者は苦戦を強いられ、結果、血統登録された産駒数は100余りに留まりました。 しかし、この少ない産駒数ながらも、勝ち上がり率や重賞勝ち数には非常に目を見張るものがあったのはご存知のとおりですが、このことから私は、 吉沢譲治さんの 『新説 母馬血統学 ― 進化の遺伝子の神秘』(講談社α文庫)の或る一節を想い出したのです。

この本の 「第六章 母の合性 − ニックスと代用血統」 に、いまから1世紀以上前、ジニストレリという配合に頭を悩ますイタリアのオーナーブリーダーの話が記されているのですが、 以下が要約です:

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ジニストレリは、イギリス紳士からイタリアは競馬三流国と馬鹿にされて、その反発心から膨らんだ野心でイギリスに乗り込み、自己生産馬で本場のダービーを勝つことを目指す。 自己所有の期待の牝馬シニョリーナ(Signorina)には、当然ベスト・トゥ・ベストを目指してイギリスの名種牡馬を次々と交配するも、成果は出ず……。 シニョリーナはすでに17歳、この年も名種牡馬アイシングラス(Isinglass)を付けようとこの馬を曳き連れてニューマーケットを歩いていると、 のそりのそりと歩いてきたうらぶれ感ある無名種牡馬シャルールー(Chaleureux)とすれちがう。シャルールーは不意にシニョリーナの匂いを嗅ぐと、たちまち激しい興奮状態に。 さらに驚いたことに、シニョリーナもなんということか、シャルールーに出逢って心酔状態になってしまったとのこと!  これを見た生物学者で心理学者のジニストレリは 「いままでシニョリーナの仔が走らなかったのは、愛のない結婚が原因だったのかもしれない」 と考え、 シャルールーとの交配を決意。翌年に生まれた牝馬シニョリネッタ(Signorinetta)は、1908年のイギリスのダービーとオークスに勝ってしまう……。

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この話と、ウォーエンブレムの産駒の勝ち上がり率が高いことと、何か相通ずるものがあるような気がしてならないのです。

ところで、昨年10月6日の朝日新聞に、「異性との相性 決め手はDNA?」 という記事がありました。 この記事によれば、いまや豪華客船としては世界で最も有名になってしまった(?)ダイヤモンド・プリンセス号で婚活クルーズの下見会があったとのことですが、 この婚活ではなんと参加女性からは先ず唾液を集め、DNA解析をして、相性が合う遺伝子型の男性を見つけ出すというのです。

この相性判断に用いるのが、俗に恋愛遺伝子とも呼ばれる 「HLA(※)遺伝子」 とのことであり、 この記事には、「タイプが 『似ている』 異性ほど相性が悪く、『似ていないほど』 相性がよい。 『自分とかけ離れたタイプの男性が2晩着用したTシャツの匂いを、女性が好ましいと感じた結果をまとめたスイスの論文があります』」 とあります。

(※)Human Leukocyte Antigen(ヒト白血球抗原)

『日本人の遺伝子 ヒトゲノム計画からエピジェネティクスまで』(一石英一郎 角川新書)には、スイスのベルン大学での実験の話が書かれており、 「女性は自分のHLA遺伝子ともっとも異なるHLA遺伝子を持った男性のにおいに魅力を感じるという結果になったのです」 とあり、 さらには 「遺伝子レベルでかけ離れているほうが強い子孫を残せることがわかっています」 とあることから、上述の婚活はこのベルン大学の研究がベースとなっているのでしょう。

確かに、男性が惹かれる女性、女性が惹かれる男性は、自らのその遺伝子型とは対極にある型を持つ者の場合が多いのかもしれません。 しかしです……上述のような婚活は 「型さえ違えば良き伴侶になるはず」 と過度の想い込みを助長しているような気さえしてしまうのです。 この記事に書かれている或る参加女性のコメントには 「生物として相性が合う人がどんな人なのかを知りたい」 とあり、そのために参加を決めたとのことですが、その前に、男も女も、 生物としての本能をいかんなく発揮して異性を追い求めてほしいな……なんて思ってしまうのですよ、私のような旬をとっくに過ぎたオジサンは。

そういう意味では、ウォーエンブレムは、自らの遺伝子情報に基づく本能に対して限りなく忠実に、まさしく 「生物」 としての王道を行っていたのではないか?  などとも思ってしまったわけです。

もしかしたら、人間もまさしく、ほんとうに愛し合った男女においては、素晴らしい子供が高確率で授かるのかもしれませんね……。

(2020年3月15日記)

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