近親交配(インブリーディング)とは何か?(その1)
「近親交配」の英語は「inbreeding」です。よって、本来は「インブリード」ではなく「インブリ―ディング」と言うべきかもしれませんので、
字数に制限があるツイッター等は別にして、本稿ではインブリーディングという表記を使いますし、別稿でも可能な限りこの表記を使っていきたいと思います。
また「クロス」という言葉も頻繁に使われますが、英和辞書で cross の意味を調べてみても「(異種)交配する」という意味は見当たるものの、
近親交配のような意味は見当たりません。海外の関係者を困惑させないためにも、近親交配の意味ではインクロス [incross]、
異系交配はアウトクロス [outcross] と言うべきだと私は考えます。
よく競馬ファンのネット上の書き込みで「この馬は○○の3×4なので……のような特性がある」というようなのを散見します。しかし、
どうしてそういう視点や発想になるのか、何が根拠になっているのか、私には全く分からず頭をひねることが殆どです。
そもそもインブリーディングとは何なのでしょうか? なぜ過度のインブリーディングはいけないのでしょうか?
そのような「なぜ」の視点が競馬サークル全体に欠乏していないでしょうか?
インブリーディングには科学的な「効果」があります。この「効果」という言葉にはプラスの意味もマイナスの意味も含みます。拙著には詳述しましたし、
改めて説明すると長くなってしまうので割愛しますが、端的に言えば、父方と母方から同一の「劣性(潜性)遺伝子」をもらうと、
この遺伝子が惹起する形質(=生物的特徴)は優性(顕性)遺伝子に隠されることがなくなります。その劣性遺伝子が優秀な能力を導くものであればその個体は有能になるのですが、
劣性遺伝子は邪悪な効果を発するものが多く、過度の近親交配はご法度とされているのです。
昨年の阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったラッキーライラックですが、これの5代前までのインクロスは以下のように書かれることがしばしばです。
ノーザンテースト 4×5 Mr. Prospector 5×5
しかし、ノーザンテーストの遺伝子を母ライラックスアンドレースは持っていないことから、ラッキーライラック自身はノーザンテーストのインブリーディング効果は皆無です。
同様に、Mr. Prospector の遺伝子を父オルフェーヴルは持っていないことから、Mr. Prospector のインブリーディング効果も皆無です。よって、
ラッキーライラックは5代前までを見ると全くの異系配合だということです。ちなみに、Mr. Prospector の当該効果は母の父である Flower Alley で完結してしまっており、
母ライラックスアンドレースにさえ及んでいないのです。
しかし、JRAの機関誌たる『優駿』が、オルフェーヴルの仔なら無条件に「ノーザンテースト 4×5」と表記していること、
つまり競馬サークル全体に誤解を蔓延させていることに対して、私は非常な懸念を抱いています。
日本軽種馬協会の機関誌『JBBA NEWS』では、例えばラッキーライラックのノーザンテーストのようにインクロスが片親で完結しているものは「×」ではなく「・」
の記号を用いています。これは確かに『優駿』の表記よりベターですが、しかし果たして、その記号を用いている軽種馬協会の側、これを読んでいる購読者の側の双方が、
「×」と「・」の科学的意味の違いを的確に理解しているのかは疑問です。
サラブレッドは血統が全てではありません。しかし、その個々の能力を識別する上で血統構成が重要な要素であることは確かです。
過日のセレクトセールでは若駒に何千万、何億という価格が次々についていきましたが、その額は血統のトレンドに左右されている部分も少なからず感じられます。
このような額がより確かな根拠に基づくようになればいいなと思うことも正直なところあり、よって、私なりにできる限りの科学的な啓発を今後もしていきたいと思います。
最後に……。私の伯父夫婦はいとこ同士です。いとこ同士は3×3となりますが、人の兄弟姉妹の場合は父も母も同じなのが通常であって、
伯父夫婦の子は3×3が2つ入っていることになり、これは遺伝学の「近交係数」上、2×3と同じ「濃さ」となります。母によれば、
昔は相手方の家庭環境がよく分かる近親同士の結婚はよくあったとのこと。伯父夫婦の最初の子(私から見たらいとこ)は、
生まれつき重篤な病に侵され、最初の誕生日を待たずに亡くなったとのことでした。私は、これはまさしく近親結婚の弊害たる致死性の遺伝病だと思っています。
(2018年7月16日記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その2)」に続く
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