「内国産」というレッテル
「父内国産馬」と聞いて、「?????」と思う競馬ファンが既に大半かもしれませんね。その昔、国内の血筋の発展や生産振興を目的に、
父親が日本産の馬に対する優遇措置制度がありました。詳細は別途検索頂ければ有用なサイトが沢山あると思います。
対象馬は出馬表では、○の中に「父」と書いた記号が付されました(通称「マル父」)。私が競馬を観始めた1970年代から80年代、
内国産種牡馬の評価の低さは今では信じられないほどでした。それは或る意味で負のレッテルが貼られているような感覚をファンも関係者も持っていたと思います。
内国産のトウショウボーイの産駒であるミスターシービーも当然「マル父」でした。それが三冠に輝いたのですから画期的なことでしたが、
相変わらず内国産種牡馬に対する風当たりの強さは変わりませんでした。
でも、不思議ですよね? トウショウボーイは父も母も外国産です。それなのに、日本で生まれたというだけで「内国産」というレッテルを貼られ、色眼鏡で見られてしまうのです。
日本の競馬サークルは、日本で生まれると遺伝子が劣化するとでも思っていたようです。こんな私でさえ、当時はそんな錯覚に陥りそうになりました。
父も母も外国産ということではアローエクスプレスもそう。クラシックはタニノムーティエやダテテンリュウの後塵を拝し無冠に終わりましたが、
初年度産駒から桜花賞およびオークスを勝ったテイタニヤを出し、種牡馬としての能力は非常に高いものがありました。
しかし、当時は内国産種牡馬にその後継馬を見出そうとする気風など全くなく、ヒシスピードのような父系祖父まで内国産の馬は稀有中の稀有でした。
五冠馬シンザンに対する当時の扱いについても、敢えてここで言及する必要はないでしょう。
前回書いた「ブランドに振り回される生産界」では、ディープインパクトとデビッドジュニアの評価の甚だしい違いについて疑問を呈しました。
ふと思ったのですが、ディープインパクトは(国際格付はあれど)国内GIしか勝っていない内国産。
一方のデビッドジュニアはチャンピオンステークス等の著名GIを勝っている米国産。30〜40年前なら、これら各々の産駒の評価はどうだったのでしょう?
内国産種牡馬の種付料が、芝の競走で世界最高評価を受けた馬の400倍なんてことは、当時は想像さえできなかったでしょうね。
『優駿』2011年5月号の「杉本清の競馬談義」で吉田照哉氏が、
「イギリスダービーに出たというだけでみんながいい馬だと思っていたというんですからね。だから昔の日本人って、向こうの人間にはいいカモだったと思いますよね」
と言っていたことが、当時を如実に物語っています。
ディープインパクトの種牡馬としての高評価にブランド力が大きく作用しているように、当時の内国産種牡馬が不遇だったのも「負のブランド力」そのものでした。
確かに種牡馬や若駒の資質について、その種付料や売買価格に正当に反映することなど不可能です。
その資質を評価する人間の価値観によっても左右されるわけですから。
しかし、根拠があまりに乏しい要素によってその評価が大きく影響を受けることは、健全な競馬産業の発展のためにもできる限り避けねばならないと切に私は思うのです。
バリバリの舶来の血筋でも日本で生まれたというだけで不当に低評価だったことが前世のことのように、内国産ディープインパクトの種付料があそこまで高騰するという事実。
そしてセレクトセールにおいて高額取引馬の殆どが「父内国産馬」という事実。世の価値観は短期間のうちに180度変わるということが実によく分かります。
10年後20年後のこの世界はどのように変わっているのか……現時点で想像しても全くの無駄でしょう。
なお、ひとつ言えることは、世界的名血を活発に導入しながら日本の生産界のレベルを総合的にアップさせ、同時に生産界自らの内国産に対する卑屈感からも解放したことは、
社台グループの本当に素晴らしき功績であったことは確かです。
(2018年9月27日記)
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