近親交配(インブリーディング)とは何か?(その3)
「自分は生産界に対して何ができるのか?」……その確かな回答を見つけるために、まだまだ試行錯誤の連続です。
1月に続き、先週は再び日高を訪問してきました。生産者の生を声を聞きながら、その回答をさらに探索するためです。
生産者にとってはごくごく日常の話でも、私には全てが新鮮な話です。種牡馬選びの考え方、思い入れの血筋、売れなければ話にならないマーケットブリーダーの苦労……
今回の訪問で伺った話は現場に足を運ばないと見聞できないものばかりでした。この場を借りてあらためてお礼申し上げます。
その中で、毎度のことながら私は生産者の方々には近親交配(インクロス)に対する考え方をお訊きしています。各生産者によって、
インクロスに対する考え方については温度差があるのは事実ですが、3×3は躊躇するものの、3×4は許容範囲というのがほぼ共通の感覚のようであり、
サンデーサイレンスの血の蔓延で3×3を避けようにも避けられない現実に頭を悩ませているようです。
遺伝学の「近交係数」は、3×4は3×3の半分の値です。言い換えれば、3×4の科学的な近交効果(メリットもデメリットも含む)は3×3の半分です。
つまり、3×4のリスク(常染色体劣性遺伝病の発症確率)は3×3の半分ということになります。
4年前、『サラブレ』編集部が発行した『サラBLOOD!』(vol.2)に、私は「警鐘 インブリードにおける諸刃の剣 〜サンデーサイレンス系繁栄への課題〜」
と題したものを寄稿しました(「警鐘」という枕詞は編集部が読者の気を引くためにアトヅケしたものですが)。
あの頃の入稿記録を見ると、第1稿では以下のくだりを書いていました。
「生産界は、2×3は少々きついが、3×3はボーダーライン、そして『奇跡の血量18.75%』と言われる3×4は歓迎と思っているのではと感じることがありますが、
もしそうだとした場合、どのような科学的根拠をもって2×3は赤信号、3×3は黄信号、そして3×4は青信号としているのでしょうか?」
これについては早速編集部から以下のツッコミがありました。
「どこかで、この問いかけに直接対応する解答がほしいです」
あの時の最終稿は誤解を避けるためにもこのくだりは削除しましたが、生産地を繰り返し訪問しインクロスについての考え方を継続的にお尋ねした結果として、
上述の3つの信号の色の感覚を持たれていること自体は、ほぼ間違いはないということは再確認できました。
『優駿』2014年2月号のオルフェーヴル引退に寄せた記事「"最強馬"引退に思うところ」の中に、
「馬産地では4代前にサンデーサイレンスを持つ繁殖牝馬が今後増加してくるはずで、これらとの『3×4』の配合が可能となる」とあります。
この文言からも、競馬サークルは3×4ならOKという感覚に支配されていることがよく分かります。
上述のような経緯があり、拙著『サラブレッドの血筋』で掲載したとおり、
2010年生まれの馬のうち2012年6月2日から11月4日にJRAでデビューした馬1998頭をサンプリング調査したところ、
3×3のインクロスを持つ馬の数は42例であった一方で、3×4の馬の数は230例と5倍超も跳ね上がるのです。
つまり、3×4のリスクは3×3の半分に過ぎないにもかかわらず、
生産界は「3×3はリスキーだが3×4なら大丈夫」というような感覚を持っているということがこの数字からも明確に読み取れるのです。
これは、逆に言えば、そこまで3×4を許容するのなら、そこまで3×3を敬遠する必要もないということにもなります。
あの時『サラブレ』編集部からは、「『3×4も黄信号だが、リスク認識をした独自の配合ポリシーがあれば積極的に実践しても構わない』といったように、
具体的な答えもあったほうがいいのではないでしょうか?」との指摘も受けました。これはまさしくそのとおりで、
「生物」にはここからが安全、ここからが危険という確実なボーダーラインなどありません。
生産者の方からは、自己の配合についての良し悪しを尋ねられることもありますが、これについては正確な回答がないのです。
「インクロスはないよりあった方がいい」などという言葉を見かけたこともありますが、くれぐれも断言調の血統理論は鵜呑みにしてはいけません。
生産者個々が、まずはメンデルの法則に基づく3×3のリスクは3×4の2倍という科学的事実を踏まえること、
そしてどこまでそのリスクを負うかは生産者個々のポリシー次第だということです。
凱旋門賞を連覇した Enable はご存知のとおり2×3です。
この生産者は劣性(潜性)遺伝子を父方と母方からもらい2つ重なる(劣性ホモとなる)場合の科学的メカニズム(含リスク)を理解しての行動でしょう。
よって中小の牧場が、そのメカニズムを認識せずに安直に触発されると高確率で怪我をします。それが生物における科学現象「遺伝」というものです。
今回の日高訪問で、5代血統表にサンデーサイレンスの名前がたくさん出てくるのを良しと思っている馬主がいるというようなお話もお聞きしましたが、
そのような馬主に翻弄されるマーケットブリーダーは本当に大変だと思います……。
(2018年11月11日記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その4)」に続く
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