近親交配(インブリーディング)とは何か?(その4)

凱旋門賞を連覇し、ブリーダーズカップターフをも制した Enable は Sadler's Wells の2×3の強い近親交配です。 前回も書きましたが、これについては、この馬の生産者であるジュドモントファーム(Juddmonte Farms)は、 劣性(潜性)遺伝子を父方と母方から同時にもらうことにより「劣性(潜性)ホモ」になること、 つまりその形質(生物的特徴)を優性(顕性)遺伝子に隠されなくなる科学的メカニズムを十分に理解してのことと推察します。

私が高校生の時に読んだハーバード大学医学部助教授のA・ミランスキー氏の著書『あなたの遺伝子』(秀潤社)には、 通常の健康な人でも、病気を発症する有害な遺伝子は4種から8種ほど持っているとありました。 確かにこれはひと昔前の書籍であり、その数については別途新たな研究報告があるかもしれませんが、我々は皆、いくつかの有害遺伝子を保有していることは間違いありません。

この有害遺伝子は、通常は優性(顕性)遺伝子に形質発現を抑制される劣性(潜性)遺伝子のため、私たちは遺伝病を発症しないですんでいるのです。 近親結婚の場合、父方と母方の双方から同一の劣性(潜性)遺伝子をもらう確率が顕著に高まるのですが、もしも私たちはこの有害遺伝子を1つも持っていないとしたなら、 親子同士やきょうだい同士で子供をもうけても、その遺伝リスクはないということになります。

もしかしたら、ジュドモントファームは Sadler's Wells の近親交配馬のデータを収集して統計解析し、 Sadler's Wells は他の種牡馬に比べてインクロスの弊害が少ない(つまり有害な劣性(潜性)遺伝子の数が少ない)と判断したのかもしれません。 ちなみに先日、日高で生産者と雑談した際、「サンデーサイレンスは近親交配の弊害率が通常より高い種牡馬かも」なんて話が出ましたが、 これについては何らデータも根拠もありませんのであしからず!

レイデオロはサンデーサイレンスの血が入っていないので、種牡馬になったらかなりの人気が出るものと思います。 留意すべきは、レイデオロがディープインパクトの仔の牝馬と交配すると、ウインドインハーヘアの3×4となります。 ご存知のとおり、3×4は以前は(今も?)「奇跡の血量18.75%」の配合と言われ、活躍馬の多数がこの配合だったと言われました。 しかし、名馬の3×4で生まれた非活躍馬も山ほどおり、特別に3×4が優れた配合というデータも根拠もありません。とは言っても、依然3×4への信仰は残ってはいるのでしょうね。 ふと、近い将来における「ウインドインハーヘアの3×4」を宣伝文句とする一口馬主向けパンフレットを想像してしまいました……。

遺伝学の「近交係数」ですが、3×4は3×3の半分の値です。しかしながら、私のサンプリング調査において3×4の馬の数は3×3の5倍超であったこと、そして、 生産界としてそこまで3×4を許容するのならばそこまで3×3を敬遠することもないことを前回書きました。 しかし、もしも、無闇に3×3を敬遠して3×4を好む馬主がいたとしたならば、その嗜好に合わせざるをえないのがマーケットブリーダーの宿命であることも確かです。

(2018年11月15日記)

近親交配(インブリーディング)とは何か?(その5)」に続く

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