遺伝子の「優性」と「劣性」
遺伝子には「優性」と言われるものと「劣性」と言われるものがあります。
「劣性遺伝子」と聞いて、能力が劣っている遺伝子だと思っている人は少なくないようですが、これは全くの誤解です。
遺伝子は生命体において所定の特徴を惹起するのですが、これを「形質」と呼びます。
遺伝子は染色体(DNA)に載っており、染色体はご存知のとおり「対」になっていることから、遺伝子は「対」になって存在します
(「2n」という表記を見たことがあるかと思います)。
その対になった遺伝子の一方が優性で、もう一方が劣性の場合、優性の遺伝子が惹起する形質のみが生命体には現れます。
人の血液型の場合、遺伝子Aは優性、遺伝子Oは劣性であり、AとOを対で両方持った人はA型になるのがその例です。
ちなみに遺伝子Aと遺伝子Bは優劣の関係にないので、これが対になったら形質を主張し合ってAB型となります。
しかし依然、医療従事者でさえも「劣性」とは能力が劣っているとか劣化したものという誤解を抱いている者が少なくないらしく、これらの状況を鑑みてか、
日本遺伝学会は以下の用語改訂を提案しました。
優性 ⇒ 顕性
劣性 ⇒ 潜性
しかし私は、上記の新用語が浸透して完全に置き換わっていくのは非常に難しいと思っています。
1つめの理由として、既に「優性」「劣性」という言葉は生物学(遺伝学)において広く深く浸透してしまっているのです。
2つめの理由として、顕性(けんせい)と潜性(せんせい)は母音が全く同じで聞き分けづらいということで、
「じゃあ、もっと良い案はないのか?」と言われそうですが、これがなかなか思い当たらないのですよね。
英語だと前者は dominant、後者は recessive です。
dominant を英和辞書で調べると「支配的な、優勢な」という意味があり、これにつられて「優性」「劣性」という言葉を生物学界は遺伝子に適用したのでしょうか?
新たに提示された「顕性」と「潜性」ですが、昔、国鉄が分割民営化される際、大都市の電車の総称であった「国電」を識者たちが議論検討の末に「E電」と名づけたものの、
我々の記憶の遠く彼方に葬られたことを思い出しました……。
確かに言えることは、このような汎用化が見込まれる言葉を最初に用いる者の責任は重いということです。
その分野で影響力を持つ大御所や重鎮が新たな用語を使い始める際は特にそうであり、
「優性」「劣性」という言葉も他に良い案がなかったのかもしれませんが、当時の生物学界の「お偉いさん」の大きな責任と言えるでしょう。
別途私は、サラブレッドの近親交配における「クロス」という言葉に苦言を呈しておりますが(こちら)、これも同様です。
今回なぜこの話を書いたかというと、先日のフェブラリーステークスを勝ったインティは栗毛なのに両親ともに鹿毛系であることをツイートしたところ、
或る方から「両親ともA型でもO型が生まれるのと同じことか?」との質問を受けました。全くそのとおりで、両親とも遺伝子型AOのA型の場合で、
父からも母からもダブルで遺伝子Oをもらった子供は遺伝子型OOのO型となるのと同じ原理です。
ただ、その質問を下さった方のツイートを追って見てみたら、「芦毛は劣性なのか?」なんて書かれていたのです。
それを見て、「数が少ないこと=劣性」と誤解している人も少なくないのかな……とも思ってしまいました。
芦毛遺伝子は鹿毛遺伝子や栗毛遺伝子に対して優性です。その証拠に、芦毛馬は必ず両親のいずれかが芦毛です。
しかし例外もあります。親に白毛がいる場合です。白毛遺伝子には他の全ての毛色の遺伝子に対して優性のものがあります。
稀有な白毛が最も優性ということに、「数が少ないこと」と「劣性」は意味が違うことが分かると思いますが、
依然誤解が多いのは、やはりこの用語自体に問題があるのかもしれませんね……。
(2019年2月23日記)
戻る