2023年セレクトセールの落札額3億円以上の馬の母系

今年もセレクトセールは大盛況の模様で、総売上は 281 億円とのこと。 こちら は過日上梓の拙著の冒頭ですが、うまい比喩表現が見つからないのは相変わらずです。 その中でも落札額が3億円以上の馬は9頭とのことであり、今回はこれら9頭の母系について、我が樹形図をちょっと眺めてみました。

@インクルードベティの2022

先ず1歳馬からですが、最高額である3億1千万円の2頭のうち1頭がこの馬。 母の インクルードベティ は米国産で、GIマザーグースSの勝馬です。 母がGI馬であれば高額になるのは必至ですが、このような額に吊り上がったのは、 イクイノックスやソールオリエンスの出現で株が急上昇中のキタサンブラックの産駒ということもあるのでしょう。

Aパレスルーマーの2022

もう1頭の3億1千万円の馬は、母が米国産の パレスルーマー で父はシルバーステート。 2頭の半兄がGI馬であり、その1頭は母が輸入前に米国で産んだ、ベルモントSなどGIを2勝の Palace Malice(父 Curlin)で、 もう1頭はご存じのとおり、今年の春の天皇賞を勝ったジャスティンパレス(父ディープインパクト)です。 私の樹形図では、違う種牡馬を相手に複数のGI馬を産んだ牝馬は太字にしているので、パレスルーマーはご覧のとおり太字です。 今回落札されたこの馬は母が 19 歳の時の仔ですが、2頭のGI馬の弟であることから、 最近は母が高齢の馬は敬遠されがちながらもこのような落札額となったのでしょう。

Bコスモポリタンクイーンの2022

この馬の落札額は3億円。母のコスモポリタンクイーンは英国産で、とびきりの競走成績はありません。 が、こちら の水色がその母(つまり祖母)であり、 この樹形図中の Arabian Queen がコスモポリタンクイーンの全姉になり、英GIのインターナショナルSを勝っています。 コスモポリタンクイーンが Kingman を受胎中に輸入され生まれたのがこの馬であり、当然にサンデーサイレンスの血は持たないことなどから、 好成績を残して種牡馬にもなれるようであれば面白そうです。

Cコンヴィクションの2023

ここからは当歳馬です。1歳馬を含めて今年のセレクトセールの最高落札額となったのが、父コントレイルのこの馬で、5億2千万円也。 落札者はノースヒルズで、福永祐一厩舎に預けるとのことで話題になっていますね。 母の コンヴィクション はアルゼンチン産でGIヒルベルトレレナ大賞を勝っています。 ご覧のとおり、周囲のGI馬はみなアルゼンチン産であり、果たして期待に応えることができるのか、要注目です。

Dファディラーの2023

当歳馬で落札額2番手は3億8千万円のこの馬。父がキタサンブラックということで、額の底上げがあったことが想像できます。 母のファディラーは英国産で、とびきりの競走成績はありませんが、こちら の水色がファディラーの母(つまり祖母)で、 この樹形図中の Seismos は母の半兄になり、ドイツGIのバイエルン大賞の勝馬です。 この母系は、この当歳馬の曽祖母たる Sacarina から急にGI馬が多く出始めています。 我が母系樹形図は今世紀生まれのGI馬を網羅しており(樹形図中の下線)、つまり前世紀生まれのGI馬は記載していないのですが、この Sacarina は、 1997年生まれで独ダービーやバーデン大賞を勝った Samum、1999年生まれで独オークス馬の Salve Regina も産んでいます。 私は「ミトコンドリアの遺伝子」にも書いたように、 母系の重要性は母性遺伝をするミトコンドリアの遺伝子が関係しているのではないかという仮説を掲げていますが、 このミトコンドリアの遺伝子は通常の染色体上の遺伝子よりも変異率が5〜10 倍も高いとされており(文献によっては 20 倍と書かれている)、 Sacarina あたりでそんな変異が入ったのだろうか?……などとも想像してしまうのです。

Eバイバイベイビーの2023

当歳馬で落札額3番手は3億3千万円のこの馬。上記Cの馬と同じく父コントレイルであり、またCの落札者がノースヒルズ、この馬の落札者が前田晋二氏ということで、 このグループのコントレイル産駒への思い入れが伝わってきます。母のバイバイベイビーはアイルランド産の Galileo 産駒で、現地GVのブルーウインドSを勝っており、 こちら の水色がバイバイベイビーの母(つまり祖母)であって、 この樹形図中の英ダービー馬たる Serpentine はバイバイベイビーの全弟、つまりこの当歳馬の叔父になります。 ご覧のとおり近親にGI馬多数であり、ちょっと唸ってしまう母系です。

Fピクシーホロウの2023

落札が同額3億3千万円のこの馬は、藤田晋氏の今年の落札馬中では最も高額です。 父はエピファネイアであり、こちら のとおり、ピクシーナイト(父モーリス)の半弟となります。 別稿では何度も書いているとおり、モーリス産駒もエピファネイア産駒も大半がサンデーサイレンスのインクロス持ちとなっているものの、この兄弟はそうではないので、 個人的には興味を持っています。

Gキラーグレイシスの2023

当歳馬で落札額5番手は3億2千万円のこの馬。母キラーグレイシスは米国産で、GIハリウッドスターレットSの勝馬です。 こちら のとおり、キラーアビリティ(父ディープインパクト)の弟であり、父がキタサンブラックとなってどうかというところでしょう。

Hセリエンホルデの2023

最後は、落札額3億円のこの馬で、父はエピファネイア。母セリエンホルデはドイツ産の独オークス馬で こちら のとおりであり、 つまりシュネルマイスター(父 Kingman)の半弟となります。 この母系はいま注目の的であり、拙著の「第4章 母性遺伝」の「ドイツの血筋」と題した小見出しで始まる箇所の 157 頁は、 こちら のとおり丸々この母系の樹形図を掲載しました。 拙著にも書きましたが、ドイツでは馬名の頭文字を母親と同じにするルールがあり、日本で血統登録を受けた馬も頭文字を「S」にしていることには気概を感じます。 落札したオーナーは所有馬に冠名を付してはいないようなので、是非ともSから始まる馬名にしてもらいたいところです。

以上のとおり、これら高額落札馬の近親にはGI馬の名がちりばめられており、各馬の今後の動向には注目していきたいと思います。

(2023年7月16日記)

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