「ゲノム」の意味が分からない!

ゲノムの語源は「gene(遺伝子)」+「-ome(集合を表す語彙(ラテン語))」=「genome(遺伝子の集合体)」とのこと。 今世紀に入り間もなく、人のゲノムが解読されたというニュースが流れ、その総数は約2万ということが分かりました。

ところで、これを書いている今、以前読んだ遺伝子関連の書籍のうち、以下をランダムに本棚から取り出してみました。

@『ジェネティクス −新しい遺伝学がわかる−』(江島洋介 オーム社)
A『ゲノムが語る生命像』(本庶佑 講談社ブルーバックス)
B『遺伝学 −遺伝子から見た生物−』(鷲谷いづみ監修 桂勲編 培風館)
C『DNAの98%は謎』(小林武彦 講談社ブルーバックス)
D『ゲノムが語る人類全史』(アダム・ラザフォード 垂水雄二訳 文藝春秋)
E『日本人の遺伝子 ヒトゲノム計画からエピジェネティクスまで』(一石英一郎 角川新書)
F『遺伝人類学入門 −チンギス・ハンのDNAは何を語るか』(太田博樹 ちくま新書)

これら書籍には例外なく「ゲノム」という言葉が出てきます。題名自体に「ゲノム」という言葉が入っている書籍なら当然ながらも、 Cの帯の宣伝文句は「ヒトゲノムのうち遺伝子部分はわずか2% 遺伝子ではない98%にヒトの秘密が隠されていた!」、 Fの帯には「ゲノムから辿る私たちの起源」……といった具合です。

Aには「2003年にヒトゲノムの全塩基配列が決定された」「私たちは今、ヒトの全遺伝情報(ゲノム)を塩基配列として知ることに成功した」とあります。 つまり、15年も前に、われわれ人間のゲノムが解読されたとのことですが、しかしですよ、あなたと私のゲノムは違うじゃないですか!  自分自身のゲノムを知りたい場合は、別途検査しなければならないわけです。つまり、各人のゲノムは個別に調べないと分からないのです。 それなのに、世間で「解読された」とか言っているのは、何が解読されたのか???

それとも、世間一般の方々はみ〜んなその「ゲノム解読」の意味を十分に理解していて、このような初歩的な疑問を持つ私があまりに無知すぎたのか……。 私は上記の@〜Fの書物のみならず遺伝学関連の書物をかなり読破してきたものの、この答えが全く見出せない!

私は、自著には「遺伝子」「DNA」「染色体」という言葉は頻繁に使ってきましたが、「ゲノム」という言葉を使ったことは現時点でありません。 なぜなら、その言葉の本当の意味が分からなかったからです。あらためて私の疑問をまとめれば以下となります:

<疑問1>
人の遺伝子数は約2万とのこと。人の場合、23対の計46本の染色体上に遺伝子は存在するので、生殖細胞である精子と卵子の中の遺伝子数は各々1万ということなのか?

<疑問2>
「ゲノムが解読された」とのことだが、A と a を対立遺伝子とした場合、AA、Aa、aa という3種の個体が存在する。 各個体のゲノムは個々に解析しなければ判明しないのに、「解読された」とはいったいどういうことなのか?

この答えが見出せずに長い間悶々とした気持ちが限界に達し、意を決して、恥を忍んで、遺伝研究の専門家の先生に上記を質問してみました。 頂戴した回答をまとめると以下です:

<疑問1の回答>
通常の細胞(2n)も 生殖細胞(n)も遺伝子数は約2万で同じである。 ただし、対立遺伝子を考慮した場合、つまり実の染色体数46本を考慮した場合、通常細胞(2n)で4万、生殖細胞(n)で2万という解釈にはなる。

<疑問2の回答>
「ゲノム解読された」とは、その生物のリファレンスゲノム(参照ゲノム配列)を構築できたということを意味する。 実際のゲノム解読は、対立遺伝子(A、a)を区別せずに解読し、人のゲノムは約30億塩基(n)になり(2nでは60億塩基)、 この約30億塩基(n)の配列を決めることがゲノム解読である。「AA、Aa、aa」などとなるような場所は、30億塩基中で1000万から2000万箇所程度。 これらの箇所はリファレンスゲノム中においてDNA多型領域として記載される。 リファレンスゲノムが完成すると、これを鋳型として個人ゲノム配列を決めることができる。 その目的はどの部位にDNA多型(AA、Aa、aa)があるかを見つける作業であり、これを行うことで、その遺伝型(AA、Aa、aa)を決めることができる。

正直なところ、リファレンスゲノムなるものに私は殆ど理解がなく、頂戴した回答では、まだ私の頭の中の理解は7合目程度ではありますが、 かなりクリアになってきました。「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」……この言葉が本当に身に沁みたのです。

血統関連の書物やネット上の文章を読んでいると「遺伝子」や「DNA」という言葉を目にしますが、 果たして書き手は「遺伝子」と「DNA」の意味の違いを理解しているのか怪しいと思うこともしばしばです。 さらに昨今は、例えばサラブレッドの配合の模索においても「ゲノム」という言葉を耳にするようになりましたが、その言葉を発した者の科学的理解は十分かな?  なんて思ってしまうのです。

「ゲノム」のような既に誰でも知っているかのごとく使用されている言葉の本当の意味を分かり易く世間一般に伝えることについて、 依然科学者は手を抜いていると私は思います(こちらも参照)。 上記@〜Fの書籍の著者の先生方には失礼かもしれませんが、これらを読んでも私レベルの者には上述の疑問は全く解決しませんでした。 一方で、われわれ一般人は、何事に対してもちょっと立ち止まって「なぜ?」と考えることが重要であることを肝に銘ずる必要があるでしょう。

自称「B級科学者」の私ですから(こちらを参照)、上述のような疑問を抱きました。 よって、そんなレベルの私ですから、もしかしたらA級科学者から見たら私の著述は科学的なツッコミどころ満載なのかもしれません。 実は私はそんなツッコミを日々待っているのです!  B級の立場として科学的な疑問が毎日浮かんでくるのですが、それを質問する相手がなかなか見つからず苦労しているのです。 1人でも多くのA級の方が私にアクセス下されば、これをいいことに(?)懇意な間柄になって沢山の質問をさせて頂ければ本当に有難いのです(笑)。

なお、もしかしたら、今般のゲノムに対する私の疑問や頂戴した回答の内容は、普段は「遺伝」に接していない一般の方々には依然「???」かもしれませんね。 従って、A級科学者の文言をもっともっと可能な限り噛み砕いて、「橋渡し」として皆様に分かり易く伝えることこそ、B級科学者の使命だと思っております。

(2019年1月4日記)

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