利害関係のない立場の強み

以前私は、Sadler's Wells と El Prado の親仔関係を疑いました。その顛末はこちらに書いたとおりで、 今では完全に笑い話ですが、あの時は本当に「どのようにこの件を提議すればいいのか……?」と真剣に考え、悩みました。

「日本ウマ科学会」という学会があります。この学会のウェブサイトに書かれている設立趣旨は、 「獣医学や畜産学に限らず、ウマに関する人文科学や芸術なども取り込んで、幅広い分野の会員を募り、相互に情報を発信するとともに、 研究者と実務者が一堂に会して意見を交換し、現場のニーズに対応した学術や技術の向上と普及を促進する」とのことです。 事務局の所在地はJRA競走馬総合研究所内ということからも、JRAの外郭団体または一部署のようなものと理解していいでしょう。 当時の私はこの学会の会員でもありましたので、上記の私の疑問は科学的にも合致しているのかの判定も乞いたく、投稿原稿も準備して学会に相談したのです。

しかし、私の原稿内容は精査されることもなく、即座にもらった学会からの返答は 「内容的に血統書の間違いを指摘したいようにも拝読しましたので大きな問題点を含んでいるように思われます。 従って著者(←私のこと)が考えている複数の適任者等にご相談された後に投稿先を再考されることをお奨めします」と門前払いでした。 「世界の競馬サークルに大きな影響を与える血統記録の間違いが本当ならば、それとも投稿者の理解に科学的誤解があったならば、 その是正をサポートするのが(上述の設立趣旨に則った)この学会の在り方ではないのか?  投稿先を再考と言われても見当さえつかず、安価でない学会費を払っているからこそ相談したのに……」と思ってもどうにもなりませんでした。

でも、よく考えたら、この時の学会の反応は当然でした。 全てのサラブレッドの父系を遡ると必ず1700年前後の3頭のいずれかに辿り着く……という一大ロマンをベースにしている競馬サークルです。 この学会はJRAの利害関係団体なのですから、「血統書の誤り」のような競馬サークル内に「負のイメージ」を惹起する話など、内容を精査する以前に受けつけるはずがありません。 そこで、ふと思ったのです。例えば、JRAの機関誌たる『優駿』に寄稿しているライターの方々の場合は、 JRA(さらにはJRAに紐づく組織)に対して物を申したくなることも当然のことながらあるでしょうが、負のイメージをもたらすことは決して公には書けないのでしょうね、立場上……。

Sadler's Wells と El Prado の親仔関係の疑問は私の浅薄な知識に拠るものでしたが、一方で「完全な血統書など存在しない(その1)」のところでも書いたとおり、 新たに分かった事実は事実として認めたうえで、グローバルな視点での発展を目指すのが真の競馬サークルの姿だと私は考えます。 その観点に立つと、私はどこの競馬関連の組織からも対価を頂戴しておらず、冷静に第三者の立場で忌憚ない発言ができるのが強みであり、 今後も空気を読まない発言をしていきます(笑)。

「忌憚ない発言」で思い出したのが、 柏木集保氏のネットケイバのコラム『重賞レース・回顧』の「新しいファンにはあまり見せたくないレース/宝塚記念」。 これは2015年の宝塚記念の「ゴールドシップ大出遅れ事件」を批評したもので、当時これを読んで「ここまで言ってしまうか!」と思ったものですが、 大きな組織に屈することなく理路整然と一刀両断のコメントを発せられる人の存在はやはり大切です。

今般、日本ウマ科学会のことをちょっとネガティブに書いてしまいましたが、 本来、このような団体こそ利害関係を無視して競馬サークルの科学的および文化的発展をサポートする中心となるべきものであり、今後の活動にはあらためて期待しております。

(2019年1月8日記)

いま、テレビ東京の競馬中継を観てたら、矢野吉彦氏が著書 『競馬と鉄道 あの“競馬場駅”は、こうしてできた』 で2018年JRA賞馬事文化賞を受賞とのことでした。 柏木集保氏がこの賞を受賞というのは今後もありえないのでしょうね(笑)。

(2019年1月12日追記)


『サラブレ』2019年2月号の最終頁「from 編集部」の欄。編集者の近藤さんのコメントに 「馬事文化賞には自分がこれと思ったものが選ばれたことがなく、悔しい!  ので以下その3年分」……そこに2017年の分として私の 『サラブレッドの血筋』 が! 有難うございます。非常な励みになります。 私も柏木氏同様に本家本元の馬事文化賞を貰うことはありえませんので(再笑)。

(2019年1月21日追記)


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