ないがしろにしてはならない基礎科学
前回の「日高の生産者の講演内容に思ったこと」で、科学的啓発はむしろ購買層(馬主)に対して必要である旨を書きました。
さらに言えば、この啓発が本当に必要なのは、馬に密接に関与する調教師たちなのかもしれません。
「馬」という生き物に関して、調教師は広く深い知識を持っていると我々はついつい思いがちですが、市販誌やネット上の調教師のコメントを見ると、ちょっと怪しいな……
と思うことが最近多くなってきました。
JRAの調教師試験はかなりの難関ですが、その試験問題には馬の病気や怪我に関するもの、つまり「臨床」の分野は当然のことながら沢山盛り込まれているのでしょう。
一方で、生物学の「基礎」の分野は十分に試験問題に含まれているのでしょうか?
昨年、ノーベル医学生理学賞を本庶佑氏が受賞された際、基礎研究の重要性を説かれていました。
近年は成果が短期間で出る研究に国などの予算が多く割り振られる傾向が強くなり、自然科学の土台部分への探究がないがしろにされていることを危惧されているのです。
基礎分野の科学的成果は、それ自体は我々の生活に直接的に益をもたらすものではありません。
しかし、それをベースに我々が日々の生活で恩恵を受ける「応用科学の成果」が創出されていることを忘れてはならないのです。
その理解がないと、いざというときにその応用科学の成果の「本質」さえも見失うことになります。
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その3)」では、
5代血統表にサンデーサイレンスの名前が沢山あることを良しと思っている馬主がいる話を書きましたが、
そんな馬主の思考を適切に軌道修正させられるような者が競馬サークルに少ないとしたなら、
さらには基本的な生物学知見が乏しい調教師のアドバイスを基に購買している馬主が大半なら、非常な危うさを感じます。
馬主の方々へ。お付き合いされている調教師が基本中の基本を確実に理解しているかをチェックするために、
例えば、「なぜ芦毛と芦毛の両親からも鹿毛や栗毛が生まれるのですか?」と何気なく訊いてみて下さい。
これに答えられなかったら問題ですし、「両親とも芦毛でも鹿毛や栗毛が生まれるの?」なんて答えた調教師がいたなら、即、さよならを言った方がいいかもしれません……。
芦毛の両親から非芦毛が生まれるのは俗に言う「隔世遺伝」ですが、これはまさしくメンデルの三法則(優性、分離、独立)に関連する現象であり、
これが理解できていないと、その馬を内面(遺伝的側面)から洞察できていないということになるからです。
「この馬は母の父の特徴がよく出ている」というような調教師コメントを見たことがあります。これはまさしく隔世遺伝を言っているのですが、
しかしそのメカニズムを知らなければ、そのコメントに重みを持たせることはできないでしょう。
調教師は、基礎科学など知らなくとも馬体を見る眼があってきちんとトレーニングをさせられれば十分という意見もあるかもしれません。
しかし、調教師試験にパスした頭脳を持つ者であれば、メンデルの法則などせいぜい10分もあれば理解できる内容です。
もしも自分が馬主なら、そのレベルの理解さえ怠っているような調教師には愛馬を預けたいとは思いませんし、
セリ名簿の血統表から「配合の妙」を察知されることもないでしょうから、落札に対するアドバイスを乞うこともないでしょう。
以上、前回の「日高の生産者の講演内容に思ったこと」の続編として書かせて頂きましたが、生産界のレベルの底上げは、
馬主、調教師を含んだ全ての関係者の連携があってのものだということに改めて気づきます。
(2019年1月12日記)
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