近親交配(インブリーディング)とは何か?(その7)
先週の大阪杯はラッキーライラックが快勝しました。本コラム欄の 「近親交配(インブリーディング)とは何か?」 シリーズの その1 では、
ラッキーライラックの配合を解説しましたが、ここでちょっとそのおさらいをしてみたいと思います。
こちら がこの馬の5代血統表ですが、
パッと見ると、ノーザンテーストと Mr. Prospector をインクロスしているように見えてしまいます。
しかし、別稿では何度も何度も何度も何度も書いてきましたが、
近親交配(インブリーディング)の 「効果」 とは父方と母方の双方から 「同じ遺伝子」 をもらうことにより発生します。
ラッキーライラックの母ライラックスアンドレースはノーザンテーストの遺伝子を持っていないことから、
ラッキーライラック自身はノーザンテーストのインブリーディング効果は皆無です。
同様に、父オルフェーヴルは Mr. Prospector の遺伝子を持っていないことから、Mr. Prospector のインブリーディング効果も皆無です。
よってラッキーライラックは、5代前までを見ると全くの異系配合だということが分かります。
ところで、以前 『優駿』 で、或る生産者が名牝を意図的にインクロスする配合を行っているという記事を見たことがあります。
また先日ネットでも、名牝の強いインクロスが生産界の起爆剤になるというような日高の関係者のコメントも見ました。
これらに対する私の率直な感想は 「どうしてそのような発想を持ってしまうのか……?」 です。
その名牝に対して 「牝馬」 という視点を持たずに、その馬自身が持つ優良遺伝子群をインクロスしたいという発想なら十分に理解はできます。
しかし 、牝馬だからこそインクロスしたいという発想には何ら意義を見出すことはできません。少なくとも現在の生物学からは不可能です。
「牝馬」 における牡馬との根本的な違いは、X染色体を2つ持つ(Y染色体を持たない)ことですが、このこととインクロスの話は全く接点がありません。
また、ミトコンドリア遺伝子は母方からのみ授かりますが(=母性遺伝)、仮にインクロスを試みる名牝に素晴らしいミトコンドリア遺伝子が存在したとしても、
母性遺伝というメカニズムゆえに、父方からその遺伝子を授かることはありません。
さらに、最近の研究では、遺伝子は何らかのメカニズムでどちらの親に由来するのかを記憶しているとのことであり(=ゲノムインプリンティング)、
一部の遺伝子には父方または母方から授かったものしか機能しない 「片親起源効果」 があるとのことですが、この話も牝馬インクロスの話とは全く関係がありません。
確かに名牝をインクロスした著名馬はいたかもしれません。そして、もしかしたらその著名馬は、その名牝のインクロスの 「成果」 だったのかもしれません。
しかし、その 「成果」 が本当のものだったとしても、それはそのインクロスした名牝の遺伝子を父方と母方から並行して授かったことによるものであり、
決して 「牝馬だったから」 というのではないのです。
われわれはどうしても、或る考えが正しいと思った場合、その成功例ばかりに目が行きます。
牝馬のインクロスの効果を信じた者は、過去のそんな成功事例にばかりに目が行ってしまったのではないでしょうか?
いま私は、2016年から18年の3年間の世界のGIレースを勝った馬の近交度合いを調査し、例えば生産国別にその数値に有意差があるかの統計解析を行っており、
拙著の次版(第3版)にその結果を掲載予定です。この作業を始めたきっかけのひとつに、どうも北米産馬においてはきついインクロス配合が多いような気がしたことがあります。
もしも 「北米は強い近親交配の馬が多い」 と公言するのであれば、きちんとした統計解析をして、そこに確かな有意差を示す数値を出した後でなければならないからです。
生産者各位が確かな信念を持って自己の配合を考えるのは素晴らしいことではあります。
けれども、それが科学から全く逸脱していたり、または統計的に有意差(メリット)が見出せないのが明らかであれば、やはり再考を促すしかないのです。
臨床の分野のみならず 「遺伝学」 を含めた基礎の分野も最先端の探究をしているであろうあの巨大ファームとの格差を、もうこれ以上広げてはならないのです。
(2020年4月11日記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その8)」に続く
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