近親交配(インブリーディング)とは何か?(その8)

3×3は3×4より倍の近親交配の効果があります。この 「効果」 とはプラスの意味もマイナスの意味も含みます(=諸刃の剣)。 よって、3×4がダブルで入っている場合は、遺伝のメカニズム上、3×3と同程度の近交効果があるということです。

シーザリオの仔で、いよいよ明後日の中京でデビューするルペルカーリア。 ふと、思うのです。シーザリオの2017年の交配相手にモーリスを選択する際には、ノーザンファーム内ではその選択に対する所定の協議が行われたものと推察しますが、 その時に、上記のような 「近交係数」 に絡む話を関係者が理解しながら協議されたのだろうか?……と。 これがファーム内の上層部の 「エイヤー!」 で決まっていたなら論外ですが。

もしも、私がノーザンファームの人間で配合に口出しできる立場であったなら、このような配合には断固として反対します。 生涯に10数頭しか産めない繁殖牝馬です。つまり、その1年1年の重みははかりしれないのに、こちら にも書いたとおり、 モーリスのプロモーションに使われてしまった感は全くもって払拭できません。

ところで、きつい近親交配においては受胎率低下や流産率上昇があり、遺伝病を持って生まれてくる率も当然ながら高まります。 つまり、産業動物たるサラブレッドにおいては、こちら に書いたように 「収率」「歩留まり」 が落ちるということになります。 キャロットファームでルペルカーリアは30万円×400口=1億2000万円で募集されたようですが、出資者は、 3×4がダブルに入った場合は3×3と同じ度合いとなることを理解したうえで、一口30万という安価ではない出資をしたのでしょうか?

もっとも、どんなにきつい近親交配で生まれてきたかにかかわらず、 上記のような関門をクリアして健常な身体を持って生を受けた個体ならば 「競走馬」 として登録されうるわけであり、よって、 競馬場に姿を現す馬においては、強い近親交配の弊害を懸念する必要性はかなり薄れていると言えるのも確かです。

先週の新馬戦でも、過日のセレクトセールで5億円の値をつけた馬の全兄であるサトノスカイターフを負かしたのは、 サンデーサイレンスの3×3であるジュンブルースカイです。このように3×3の活躍馬は沢山いることも確かであり、 近親交配に神経質になる必要はないという考えが跋扈(ばっこ)するのも十分に理解できます。

けれども、そのようにリスクを感じるマインドが総合的に薄れてくると、生産界の源流たる既存の 「遺伝子プール」 にさらなるバイアスがかかってくるわけです。 そうすると、こちら で言及した競走馬理化学研究所の研究者諸氏の論文にあるように、 特定の遺伝子座におけるヘテロ接合度の減少(=ホモ接合度の増加)が発生し、こちら に書いたニシキヘビ型のリスクが高まるということです。

3×4の近交リスクは3×3の半分なのですが、こちら にも書いたとおり、 2012年6月2日から11月4日にJRAでデビューした馬1998頭をサンプリング調査したところ、3×3を持つ馬に比べて3×4を持つ馬の数は一気に5倍超に跳ね上がりました。 これは、生産者は3×3はNG、3×4はOKと深慮なく思い込んでいることの証左です。 ……それともですよ、3×3という強い近親交配で生まれた馬では競走馬になる前に脱落するものが多かった(収率や歩留まりが悪かった)から、結果として5倍超の差が出た???

「ハイリスクハイリターン」 という言葉があります。リスクに賭けるのはそれに見合うリターンを期待するからですが、 どうもノーザンファームという組織の 「リターン」 という言葉の意味は、健全な馬をつくることにより得られる地道な利益よりも、 高値もいとわず盲目的に飛びつく者が間違いなくいる 「売れる馬」 をつくることによる収入そのもののような気がしてなりません。 もっとも、それはマーケットブリーダーなら当たり前の話ではあります。 しかし、自己生産馬において負のバイアスのない遺伝子構成を求める視野に立たずに、目の前の利益ばかりが優先してはいないでしょうか?  そして、そのような狭い視野のままでは、中長期的なスパンを見据えた真の利益にも影響するのではないでしょうか?

それにしても、もしもルペルカーリアが活躍すれば、私が今日書いたコラムは間違いなく批判されますね(笑)。 確かに華やかなデビューを飾る可能性は高いと思いますし、兄たち同様にシーザリオの優秀な血が開花し、重賞を勝ち、さらにはクラシックも勝つかもしれません。

もしもそうなったとしても、日本の生産界の至宝たるシーザリオにこのような配合はすべきではないという私の考えは微塵も変わりません。 超名牝を巻き込むこともいとわずにこのような配合を推進していると、ゆっくりと、そしてゆっくりと、誰しも気づかぬうちに 「遺伝子プール」 は疲弊していくのです。 それは、こちら で触れた多様性を欠いた森林の話と酷似します。

(2020年9月25日記)

近親交配(インブリーディング)とは何か?(その9)」に続く

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