プロダクションの深遠なる戦略

いよいよ今年も新馬戦が始まりました。つまり、POGの開戦ということでもあり、関連本も眺めながらあらためて気づいたのが、 今年のファーストクロップサイヤーたるモーリスの初年度における、社台グループが用意した交配相手があまりに凄いということです。 シーザリオ、ブルーメンブラット、リトルアマポーラ、レジネッタ、ブエナビスタ、マルセリーナ、ヴィルシーナ、ジェンティルドンナ、 ハープスター、レッドリヴェール、シンハライト……。

産駒の出来具合いが未知数の初年度から、このメンバーは尋常ではありません。 上記の中ではマルセリーナやハープスターの仔は得られなかったようですが、一方で、 これらのうちデビューにこぎつけた産駒が総じて期待を裏切る結果だったら、その種牡馬としての評価はどうなってしまうのでしょう?

私は最初、秘密裡にモーリスの遺伝子検査がなされて、種牡馬としてなんらかの好ましい結果が出たので、 初年度からこぞってこのような肌馬を集めたのかもしれない……と邪推してしまったのですが、やはりそれはちょっと考えすぎだったような気がします。 では、どうしてこのような名牝群を初年度からこぞって集結させたのでしょうか?  あくまで個人的見解であることをお断りしたうえで、思ったことを以下に記します。

まず1つめに、モーリスはシャトル種牡馬ということです。そのシャトル先の豪州において、 モーリスに限らず日本産馬のブランド価値の底上げを図りたかったのではないかと。

2つめに、モーリスと上記の名牝群との仔は全て、サンデーサイレンスの3×4となり、このインクロスをひとつのセールスポイントと考えたのではないかということです。 人気ファーストクロップサイヤーのもう1頭にドゥラメンテがいますが、こちらはサンデーの孫であることから、曽孫のモーリスよりその血が一段階濃く、 同じくサンデーの孫の牝馬を相手にしたなら3×3になってしまい、これは避けたのだろうということは十分に想像できます。 他方、このようにモーリスに対しては上述のような名牝を集めたのですから、「3×4」 という数字のブランド価値に過度の期待をしたのではないにしても、 こちら にも書きましたが、生産界を含めたサークル全体は、3×4ならOKという先入観に支配されていることを如実に物語っています。

さらに、サンデーサイレンスの3×4を持つデアリングタクトの例を見せつけられたこともあり、仮にこれらモーリス産駒が活躍を見せた場合は、 遺伝的多様性低下の問題を繰り返し指摘してきている私として、サークル全体がサンデーの3×4を過度に好意的に見てしまうのではないかと懸念しています。 深慮ないデジタル思考の者は、1つの成功例を見ると、それが全てに当てはまると思ってしまうわけで、 サンデーの3×3のトラストやキョウヘイが重賞を勝った時には、「3×3でも全然大丈夫だ」 というようなネット上のコメントがあったことを思い出します。

逆に、これらモーリス産駒が思ったほどの活躍を見せなかった場合は、近親交配の弊害ということも疑ってみるべきかもしれません。 こちら にも書きましたが、昔の3×4と今の3×4のリスクはかなり違います。 モーリスと上記の名牝の間の仔たちのほとんどは、5代血統表を眺めればサンデーサイレンス以外の馬のインクロスも持っており、 さらにはその血統表上だけでは拾いきれない範囲でいくつものインクロスがあり、結果、遺伝学で言う 「近交係数」 はそれなりの値となっているはずです。

まさしく典型中の典型が超名牝シーザリオの仔のルペルカーリアです。 サンデーサイレンスと Sadler's Wells の2つの3×4が入っていますが、これは遺伝のしくみ上、3×3と同じ近交度合いとなり、リスクも同等となります。 ノーザンファームはそのことを知りながらの敢えての配合なのかは知る由もありません。 いずれにしても、GI馬を複数産んでいるシーザリオが用意されたことに、モーリスという種牡馬のブランド価値を何が何でもアップさせようとする意図が透けて見えるわけで、 しかしながら、それはかなりの近交係数の上昇をきたす配合であることから、私には究極のギャンブルにしか見えません。

もしも、本当にもしもですよ、同じモーリス産駒ながら相対的に近親交配になりがちな日本産の馬より、シャトルの先でもうけた産駒の方が活躍するなんてことがあったなら、 なおさら近親交配の在り方を生産界は考える必要があるかもしれません。

先週の新馬戦では期待の1頭のブエナベントゥーラ(母ブエナビスタ)が惜敗しました。 明日はまた別の期待の1頭であるレガトゥス(母アドマイヤセプター)がデビューのようですが、今後続々現れる注目の産駒たちをじっくりと見ていきたいと思います。

モーリスをビッグなタレントとして是が非でも育て上げたいプロダクションの並々ならぬ意気込み、そしてそこからは深遠でしたたかな戦略が見えてくるのですが、 マッチョでムキムキな 「ABR48」 の一員として自らの個性たるその能力の凄さをアピールし、 果ては威風堂々とセンターに君臨しオーラを放ち続けるロードカナロアを脅かす存在になれるのか???

ん? まさか 「ABR」 の意味が分からない……? ア、ビ、ラ、ですよ!

(2020年6月13日記)

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