近親交配(インブリーディング)とは何か?(その6)
先週末、カナダGIの Highlander S.を勝った Wet Your Whistle の 血統表 を見てぶったまげました。
2代母が1×2の凄すぎる近親交配! それも、あの偉大なる Mr. Prospector のインクロス……凄いどころの話ではありません。
1×2というのは、その種牡馬が自らの娘と交配するということです。ふと思ったのですが、これは生物学で言う「戻し交配」じゃないですか!
強い近親交配におけるリスクは当然高まります。生産者に確固たる信念があるのなら、どんなにきつい近親交配でもやってみる価値はあるかもしれませんが、
どんなインブリーディング推奨論者でさえも、さすがに1×2は狂気の沙汰に映るでしょう。けれども、ちょっと考えてみて頂きたいのですが、
もしもあなたが1×2は狂気だと思った場合に、「どうしてそれが狂気なの?」と誰かに問われたとしたら、的確にその理由を説明できるでしょうか?
私が行った2010年生まれの1998頭の近親交配の調査では、こちら にも書いたとおり、
3×3のインクロスを持つ馬の数は42例であった一方で、3×4の馬の数は230例と5倍超も跳ね上がりました。
しかし、遺伝の法則に基づく3×4の近交効果(←メリットおよびデメリットの双方)は3×3の半分に過ぎないのです。
つまり生産界は「3×3はリスキーだが3×4なら大丈夫」というような根拠のない感覚、つまり「固定観念」を持っているということを、上記の数字は浮き彫りにしているのです。
これは、逆に言えば、そこまで3×4を許容するのなら、そこまで3×3を敬遠する必要もないということにもなるのです。
ちなみに、遺伝の法則に基づく近交効果ですが、3×4を基準に考えると、3×3はその2倍、2×3は4倍、そして1×2ともなると16倍にも跳ね上がります。
どうも米国においてはポリシーがあまり感じられないきつい近親交配の馬が多いような気がしてならない旨を こちら に書きましたが、
上記の Wet Your Whistle の2代母はその究極の例です。このような1×2の例は米国においてどのくらいあるのかは知る由もないのですが、
しかしその血からもGI馬が出るのですから、全否定はできないことも確かです。
いずれにしても Mr. Prospector の種付けの権利や対価も並ではなかったはずで、
創造論が席巻する米国ですので、この生産者に対して「Mr. Prospector の血を凝縮せよ」との神のお告げがあったのでしょうか……? そんなことを想像してしまいました。
数日前、ツイッターで懇意になったサラブレッドの血統を遺伝学的に研究しているベネズエラ出身の獣医師よりメールがあり、以下の記事を紹介してくれました。
Improving Genetic Diversity in Japanese Thoroughbreds
「おぉ、ここで紹介されている論文は日本の競走馬理化学研究所の研究者諸氏のものではないか!」……と日本人の私が遅ればせながら知ったわけですが、
その内容は、日本の生産界は配合模索において特定の競走成績ばかりに着目し、その結果、特定の人気種牡馬ばかりがもてはやされることによって、
特定の遺伝子座における「ヘテロ接合度」が減少しているというのが要旨です。つまり、ヘテロ接合度が減少しているとはホモ接合度が増加しているということでもあり、
これはまさしく近親交配が高頻度に行われてきていることを意味しています。
この論文は「日本の生産界が持つべき配合に対する考え方」にまでは言及してはいませんが、現在の生産界に対して警鐘を鳴らしていることに間違いありません。
しかしその一方で各生産者が、このような論文が指摘している内容を「警鐘」であると理解できているかは非常に疑問です。
私は、そのような警鐘に気づく感性を継続的に維持できた者こそが、今後の日本の生産界、ひいては競馬界を牽引していくものと思っているのです。
(2019年7月7日記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その7)」に続く
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