近親交配(インブリーディング)とは何か?(その9)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?」と題したものは繰り返し書いてきましたが、今回は2年前に書いた (その8)
の続編の位置づけにします。
日本時間の昨日の朝に行われたケンタッキーダービーは、現地ではしんがり人気の Rich Strike が快勝しました。
ソニー・レオン騎手はベネズエラ人で、ケンタッキーダービーは初騎乗初勝利とのこと。まさしくアメリカンドリームであり、本当に感動しましたね。
ところで、勝ったこの Rich Strike の5代血統表は こちら ですが、ご覧のとおり、
Smart Strike の2×3という強いインクロス持ちです。
拙著『サラブレッドの血筋』の第3版では、2016年から18年の世界のGI競走に勝った馬の近親交配状況を掲載しましたが、
これらの中で2×3のインクロス持ちは、凱旋門賞を連覇した Enable ただ1頭でした。
2019年以降のGI勝馬はきちんとチェックはしていませんが、昨年の愛2000ギニーを勝った Mac Swiney は Galileo の2×3でした(他にいたらご指摘を)。
ご存知のとおり、私は今世紀生まれのGI馬を網羅している母系樹形図を作成しており、
早速 こちら のとおり Rich Strike を加筆しましたが、ご覧のとおり周囲にはあまり今世紀生まれのGI馬はいません。
すると、たいした牝系ではない繁殖牝馬でも、
このようなインクロス配合ができあがる種牡馬を交配すればアメリカンドリームもどきが転がり込んでくると思ってしまうような、
一発逆転期待の安直発想が各国の生産界において跋扈(ばっこ)し始めないかがちょっと心配です。
きつい近親交配においては受胎率低下や流産(死産)率上昇、さらには奇形発症率上昇が起こるのは、既存の生物学では自明です。
つまり「収率」「歩留まり」が低下するということですが、自己の生産においてそのような現象が発生した場合に、
「それは近親交配に起因するものではなかったのだろうか……?」といった視点も持ち合わせている生産者は果たしてどの程度いるのだろうか?
と思うこともしばしばあります。こちら にも書きましたが、調教師にしても評論家にしても、
その眼は競走馬として入厩できた個体に集中しますが、生産者はそうはいかないのを忘れてはなりません。
重ね重ねですが、近親交配とは、父方と母方から「同一の遺伝子」をもらうことを期待する行為です。
つまり、普段は優性(顕性)遺伝子に作用の発現を抑えられている劣性(潜性)遺伝子がホモとなる(父と母から同時にもらって二重になる)ことにより、
この劣性遺伝子が導く特徴(生物学で言う「形質」)を優性遺伝子に邪魔されないことを期待する行為です。
ウィキペディアの記述は全てを鵜呑みにはできませんが、そのウィキペディアの
「インブリード」の「遺伝学上の見地」の項にあるとおり、
劣性遺伝子は不利なものがほとんどであると思われるがゆえに、きつい近親交配は大きなリスクがあるわけです。
一介のファンならば、このような基本の理解なしにその可否を論ずるのは全くかまいませんが、
こちら に書いた元調教師たる評論家の理解度のごとく、生産者の理解も同様のレベルであっては自らの首をも絞めかねないのです。
サンデーサイレンスの曽孫(ひまご)種牡馬たるエピファネイア、モーリス、リオンディーズ、サートゥルナーリアの産駒の大半は、
サンデーの3×4になってしまっていることは別稿でしつこいまでに書いてきましたが、
他方、ケンタッキーダービーに果敢に挑戦したクラウンプライドもサンデーの3×4です。
また、ここ数日の日本のレースを見てみれば、かしわ記念のショウナンナデシコ、京都新聞杯のアスクワイルドモア、プリンシパルSのセイウンハーデスはどれもが、
さらにきついサンデーの3×3です。
「2×3でも良い馬が出るのだから、3×3なんかでもう驚かない」のようなコメントをどこかの掲示板で見たことがありますが、
その一方で、「近年ここまで近親交配馬が増えてしまったのだから、そろそろ自制しなきゃね」という考えに至る者は残念ながら稀有中の稀有なのでしょう。
きつい近親交配でも優秀馬は一定数で出ますが、それは こちら に書いたラーメン屋の話のごとくです。
そしてそのような成功例にしか目がいかないのが
「確証バイアス」であり、このような状況を放置し続けると、
こちら に書いた「サイレントキラー」が、知らず知らずのうちに生産界全体を侵蝕していくのです。
前回、仲間内でのPOGのために『Gallop臨時増刊 丸ごとPOG 2022〜2023』を買ってきたと書きましたが、
ここに掲載されている各馬をじっくりとチェックしていくと、非常に良さそうだなと思う馬の中にはサンデーの3×4の馬は少なからずいます。
けれども、あくまで自分のポリシーにすぎないことを断っておきますが、私はこれらサンデーの近親交配馬は一切指名しません。
おっと、我がPOG仲間に私の手の内をバラしてしまった(笑)。
前回 に続き、またも遺伝的多様性低下に対する警鐘がらみの内容になってしまいました。
あらためて、我がしつこさにはお詫び申し上げます……。
が、この種の話を書こうと思えばいくらでも書けてしまうことこそ、現在の競馬界が抱える非常に大きな問題だということです。そこのところをご理解頂けたなら幸いです。
(2022年5月9日記)
アーモンドアイは、今年出産したエピファネイアとの初仔に続く2番仔として、モーリスの仔を受胎したというニュースが入ってきました。特にコメントはございません……。
(2022年5月17日追記)
前言撤回。今日書いた「「科学」と「技術」の相違」で、アーモンドアイがモーリスの仔を受胎したことに言及しました……。
(2022年5月22日追記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その10)」に続く
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