やはり「真実」は面白くない

コラムニストの小田嶋隆さんのウイットに富む言い回しは、物を書く立場としては本当に勉強になると常々思います。 こちらの小田嶋さんのサイトに、 「われわれは、飲み込みにくい事実よりは、納得しやすいファンタジーを好む。それは、テレビ視聴者や雑誌読者にしても同じことで……」 とあるのですが、この想い、痛いほど分かります。

正しいことを書くと
「面白くない」
 と言われる。
面白いことを書くと
「正しくない」
 と言われる。
 正しくて面白いことを書けば良いのかもしれないが、正しいことは多くの場合面白くないし、面白い話は高い確率で正しくない。
 なので、コラムニストは、結局単に書きたいことを書く。

上記は小田嶋さんの3月17日のツイートですが、思わず唸ります。以前、こちらでは真実の中にこそ醍醐味ありと書いたものの、 やはり「真実」は、無味乾燥した味気のない内容だと思うことが残念ながら大半です。 「"真実"は面白くないのではなく、面白く虚飾が施された情報や理論が溢れているために相対的に面白くなく感じるだけ。 ジャンクフードばかり食べていたら味覚が麻痺するのと同じ!」などと思ってみても虚しくなります。

本コラム欄の「科学的はどういう意味か?」で触れたとおり、 小説家であり工学博士である森博嗣氏の著書『科学的とはどういう意味か』(幻冬舎新書)には 「この科学全盛の時代にあって、大勢の人たちは、むしろ科学を自分から遠ざけようとしているようだ。 『そんな難しいことは専門家に任せておけば良い』と考え、 なるべく関わらないようにしている」と書かれています。 実際に私も、ツイッターに科学的な話を書くと反応が鈍い(素通りされる)と思うこともしばしばあり、これと相通ずるような気がします。

或る著名な血統論者のサイトを見ていたら、「○○という種牡馬は自身がアウトクロスなので、強いインクロスを持つ繁殖牝馬との配合に向く」 という趣旨のコメントがありましたが、意味がさっぱり分かりません。 アウトクロスで生まれた種牡馬だろうが、強いインクロスで生まれた繁殖牝馬だろうが、その配合で生まれる仔自身のインクロスの状態こそが論点なのです。 生まれてくる仔における「インクロスの効果」は、 「父方」と「母方」から「同一遺伝子」をもらうことで初めて発生する旨はしつこいほどに発言してきましたが(例えばこちら)、 上述のような理論に競馬サークルが依然翻弄されていることにやりきれない思いがするのです。 活躍馬の血統についても、「この馬は△△と□□が各々4×4だからこんな特性が出た!」といったようなインクロス鼓舞奨励コメントが依然溢れていますが、 私から見ると、そのインクロスはその馬の活躍の弊害にならなかっただけと思うことが大半です。

巷で評判の美味いラーメン屋があったとしましょう。腹を空かせて、いざ暖簾をくぐりました。 そのラーメンを運んできたオバチャンの親指が第一関節までどっぷりとスープに浸かっていたとしても、また、いざ食べようと思ったら、 調理した親爺サンの髪の毛が麺に絡まっていたとしても、そんなの気にしなければ美味いものは美味い!  オバチャンの爪の垢がダシになり、親爺サンの髪の毛に染みついた汗がスパイスとなり、このラーメンの味が素晴らしくなったなんてことはないでしょう(多分)。

突拍子もない喩えをしてしまいましたが、上述の活躍馬におけるインクロスにしても、 その馬の本質には(オバチャンの親指や親爺サンの髪の毛のように)悪い影響を与えなかったと考える方が妥当な場合が殆どだと私は思います。

サンデーサイレンス産駒でGIレース(国際格付前を含む)を勝った馬は44頭いるのですが、 その過半数(57%)の25頭(フジキセキ、ジェニュイン、タヤスツヨシ、イシノサンデー、ステイゴールド、スペシャルウィーク、スティンガー、アグネスフライト、エアシャカール、 チアズグレイス、アグネスタキオン、マンハッタンカフェ、メジロベイリー、Sunday Joy、アドマイヤグルーヴ、ネオユニヴァース、オレハマッテルゼ、ゼンノロブロイ、 ダイワエルシエーロ、ハットトリック、ハーツクライ、スズカマンボ、ディープインパクト、ショウナンパントル、マツリダゴッホ)は全て、5代前までにインクロスがありません。 これは単なる偶然なのか? それともサンデーサイレンスの大成功はアウトブリーディングの賜物なのか?  いずれにしても、事実を面白く膨らませた記述に依拠する雑誌やサイトでは、このような事実に触れることはありません。 もしもアウトクロスを奨励したならば、「良い馬を出すのは異系交配が大事。以上!」で話が全て終わってしまい、面白くもなんともないからです。

過日、配合を真摯に考えている生産者とメールのやり取りをさせて頂いた際も、「遺伝」に関するごくごく基本的な内容をお伝えしたつもりだったのですが、 「遺伝子レベルの話は難しい」との半ば諦めのコメントを頂戴してしまいました。 「難しいと拒絶する前に、その導入部分だけでも読んでほしい……」と思っても、叶わぬことがしばしばです。 どのようにしたら、どのような用語や表現を用いれば、うまく伝えられるのか?  まだまだ試行錯誤の連続ですが、真実を「分かりやすく」そして「できる限り興味を持って頂けるように」伝えることを常に念頭に置き、さらに自己研鑽して参ります。

(2019年3月23日記)

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