遺伝的多様性の低下に対する米国の方策(その2)
前回、米国の年間種付頭数制限案に関して論じてみましたが、今回は続編です。
先月14日の『BLOODHORSE』の記事
「Study Connects Rise in Inbreeding to Larger Books」によれば、
1961年から2006年に生まれたサラブレッドの配合状況を調査したところ、遺伝学で言うところの「近交係数」の平均値が近年上昇したとのこと。
特にこの調査の最後の10年である1996-2006年に急激に上昇したとのことですが、この期間は、まさしく北米において年間種付数100以上の種牡馬が14頭から128頭と急激に増えた期間に該当するとのことです。
さらにこの記事では、生産者が自己の生産馬に「一定の特長」を集中的に求めた場合、近親交配の頻度が高まるのは当然のことであり、
結果として遺伝的多様性の低下をもたらすことが懸念であることから、各種牡馬の種付数を制限すれば多様な種牡馬との交配機会が増え、状況改善が期待されるとあります。
日本にしても欧州にしても、何らの方策なく現在の状況をもう数年でも野放しにすれば、かなり深刻な状況に入り込むと私は考えます。
米国にしても、今般のジョッキークラブの案にはかなりの逆風が吹くと想像しますが、しかし、何ら代替案もなく今般の案が完全に反故にされたとしたなら、
米国も危機的な状況に向かって一本道でしょう。
日本の競馬サークル全体を見渡しても、遺伝的弊害に対して真剣に考えている関係者はまだまだ少ないと感じます。
いや、考えている関係者はそこそこいるのかもしれませんが、今般のような米国の案は、
どうしても現在の競馬サークルの在り方や考え方に対してネガティブな視点に立たざるを得ないため、
JRAや軽種馬協会のような組織内から真剣に取り組む声は出づらいと思いますし、一方で、社台をはじめとする種牡馬事業体が率先して対応に旗を振るはずがありません。
他方、米国においては、主催者たるジョッキークラブがこのような方策を打ち出したこと自体は非常に画期的なことであり、ここから見受けることは以下です:
@遺伝的多様性の低下について、かなり逼迫した状況に陥っていることを、米国のサークル自身が自覚した。そこに米国の「焦り」さえ感じる。
A米国のサークルには、敢えて今般のような方策を促す「気骨ある科学者」がいる。
日本に照らしてみると、Aが非常に気になります。確かに
こちら の記事に引用されている論文(※)は日本発ではありますが、
この論文の著者たちが在籍する競走馬理化学研究所が、強い逆風があろうとも前向きに旗を振っていくことは想像できません。
(※)
Evaluation of recent changes in genetic variability in Japanese thoroughbred population based on a short tandem repeat parentage panel
人は、それが本能なのか、目に見えることしか信じない傾向があるようです。
『ルポ 人は科学が苦手 アメリカ「科学不信」の現場から』(三井誠 光文社新書)には、
地球は平らであると信じている人が米国には信じられないほどたくさんいるとのことが書かれています。
米国には「フラット・アーサーズ国際会議」と呼ばれる「地球が平ら」だと考える人たちの集まりがあり、
ある参加者は、「私が頼れるのは自分の目だ。その目で、はるか100キロメートル先の平原を見渡すことができる。これこそが地球が平らである証拠だ」
と言ったそうです(本書70頁)。
さらに、この本によれば、「私たちはちっぽけで地球は大きい。私たちが出す気体が気候を変える可能性があるとは思えない」
といったような主張が米国には溢れているとのことです(本書67頁)。
つまり、地球温暖化にしても、即座に目に見えたり体感できるものではないため、世界的にその対応が鈍いことは過日の国連でのグレタさんのスピーチを見てのとおりです。
遺伝的多様性の低下などは目に見えないリスクの典型中の典型です。
こちら では「ニシキヘビ型」のリスクの話を書きましたが、ニシキヘビに巻きつかれても、当初は苦しさは感じない。
しかし時間が経ち、ついに呼吸困難等の自覚症状が出てしまったら、もはや「The End」です。
「サイレントキラー」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
高血圧症を例として、重篤になるまで自覚症状がない病気のことですが、「生産界さま」という患者さんにおける「遺伝的多様性低下症」がまさしくそれです。
異なった国や地域の間で種牡馬や繁殖牝馬を継続的に往来させれば対処できる、といったような意見も小耳に挟みましたし、
今後も似たような意見がいくつも出てくるかもしれませんが、そんなもの焼け石に水です。
そのような往来は既にやってきているため、現在は生産界がワールドワイドに「巨大な一人の患者」と化しており、サイレントキラーに侵蝕され始めているのです。
「堀田のやつ、相変わらず不安ばっかり煽りやがって、しつこいな!」と思っている方も少なくないかもしれませんね。
しかし、どんなにそんなふうに思われようと、どんなに煙たがられようと、自らをB級ながらも「科学者」と名乗る限り、現在の状況を黙って見過ごすことなど到底できません。
日本の競馬サークルに何らかの具体的な動きが見えるまでは、何度でもこの話を今後も書いていきます。
小さなお子さんがいらっしゃる方なら深く頷いて下さると思いますが、野菜嫌いのお子さんの言いなりになって、ハンバーガーやピザばかり食べさせることがあるでしょうか?
しかし、もはや、子供に与える食べ物がハンバーガーやピザくらいになりつつあるのが現在の生産界です。
(2019年10月5日記)
「遺伝的多様性の低下に対する米国の方策(その3)」 に続く
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