近親交配(インブリーディング)とは何か?(その10)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?」と題したものは過去に9回ほど書きましたが、今回は1年5ヶ月前に書いた(その9)
の続編とします。
まず、先々週の「拙著に頂戴した書評から」でも書きましたが、あくまで競走馬の個々の成績という観点においては、
安直にインブリーディングとアウトブリーディングに良し悪しをつける発想は捨ててください。
確かに、きつい近親交配においては受胎率低下や流産(死産)率上昇があるはずで、そして奇形や遺伝病を持って生まれてくる率も高まるのは既存の生物学では自明です。
つまり「収率」「歩留まり」 が落ちるはずです。
しかし、(その8) にも書いたように、競馬場に姿を現す馬はそんな関門をクリアして健常な身体を持って生を受けた個体であり、
よって、その弊害を懸念する必要性はかなり薄れているとも言えるからです。
言い換えれば、「収率」「歩留まり」にも留意しなければならない生産者は、深くインブリーディングのメカニズムや弊害について理解をする必要があるものの、
レース予想を中心としたファンの立場であれば、そこまでは必要ないということです。
そういう意味では、馬主(一口馬主を含む)はその中間の立場となりますでしょうか。
「奇跡の血量18.75%」という言葉を聞いたことがありますか? 私が競馬に接し始めた1970年代から80年代にかけてはよく耳にした言葉です。
こちら にも書きましたが、私が高校生の時に入った競馬愛好サークルはべつに血統愛好者に限られなかったにもかかわらず、
その会報のタイトルは『18.75』となったことからも、当時はこの言葉がいかに勢力を持っていたかということがわかります。
いまでもレジェンド種牡馬の3×4のインクロスが名馬をつくる方程式のように信じられているフシがありますが、
或る個体の血量全体において、3代前の祖先から継承した量は12.5%、4代前の祖先から継承した量は6.25%であり、
3×4における当該祖先の血量は18.75%となります。
そして、こちら に書いたとおり、生産界がごく通常の配合を実践していれば、3×4の馬は自ずとかなりの数になるわけであり、
そうすると大レースを勝つ馬の多くが著名馬の3×4だったことは容易に想像でき、「奇跡の血量18.75%」なる言葉が出現したのでしょう。
そんな中、先日見た SNS 上での血統評論家のコメントから思ったのは、近親交配の度合い(近交係数)と血量(遺伝子継承量)は一致しない、
つまり別物ということを理解していない人が大半なのではないか? ということです。よって以下、なぜ別物なのかの説明をしてみたいと思います。
「拙著に頂戴した書評から」に書いたように、
父方のみや母方のみで完結するインクロスには近交効果が全くないことを初めて知ったというコメントはいくつか頂戴しました。
思い起こせば、10年近く前に市販ムック本にこの話を寄稿する際、編集者から、これは読み手にとってはかなり衝撃的な話なので、
その解説をしっかり書いてほしいと言われたことがあったのですが、実際のところ、編集者にそれを言われた私自身がかなりの衝撃を受けました。
なぜなら、近親交配の効果(←プラスの意味もマイナスの意味も含む)を生むのは、「父方」と「母方」から並行して同一祖先の血をもらうことによるのは「当たり前」
のことだと思っていたからです。
ドリームジャーニーやオルフェーヴルの産駒は安直に「ノーザンテースト 4×5」と書かれてしまいますが、
父方を「S」、母方を「D」と表記した場合、スルーセブンシーズやウシュバテソーロは「S4×S5」となります。
重ね重ねですが、これら両馬はノーザンテーストのインクロスではありません。
一方で、仮に父方の4代前および母方の5代前にノーザンテーストがいる馬の場合は「S4×D5」となり、ノーザンテーストのインクロスです。
しかし「血量」という観点になれば、どちらの場合もノーザンテーストの血を4代前祖先として6.25%、5代前祖先として3.13%ほど継承しており、
結果としてその合計値たる9.38%を継承しているのです。
こちら は拙著『サラブレッドの血筋(第3版)』からの抜粋です。
このウマ美ちゃんは馬吉さんの3×3となり、その血量は25%である一方で、ここに書いた1.56%という数字に留意してください。
ダービー馬のフサイチコンコルドは Northern Dancer の3×3のインクロスであり、ウマ美ちゃんと同様です。
その一方で、ラムタラは Northern Dancer の2×4のインクロスで血量は31.25%となりますが、1.56%という数字はラムタラにも当てはまるのです。
つまり、フサイチコンコルドとラムタラの Northern Dancer に関する近交度合い(近交係数)は同じなのです。
ここで、ウマ美ちゃんの血筋表における「遺伝子 a」の継承様式を考えてみていただきたいのですが、
3×3の場合は父方と母方のそれぞれ3代前に同じ祖先がいることから、1.56 %という数字がはじき出されました。
一方で2×4の場合、遺伝子 a の父からの継承確率は25%、母からの継承確率は6.25%となり、すると父と母から同時に継承する確率は25% × 6.25% = 1.56%となり、
3×3と同じになるのです。
2×5というインクロス馬もたまに見かけますが、近交度合い(近交係数)は3×4と同じ値となりますので、よろしければ計算してみてください。
血量の観点では、前者は28.13%ですが、後者は上述のとおり18.75%とかなりの違いがあるのにです。
われわれが俗に言っている血量とは一定祖先の遺伝子継承量、つまり「ボリューム」の概念であるのに対して、インブリーディングの効果に関する議論は、
父方と母方から同じ遺伝子を継承する「確率」の概念が加わってくるということです。そこを見落としてはなりません。
スルーセブンシーズやウシュバテソーロはノーザンテーストの遺伝子の一定量を継承してはいるものの、その近交効果を発現する確率はゼロということです。
(2023年10月16日記)
「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その11)」に続く
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