拙著に頂戴した書評から
拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』の発売から4ヶ月余り。これまでにいろいろな感想や書評を頂戴しました。
さらには拙著を紹介(批評)する動画も発見しました。
頂戴したこれらのコメントを私なりに噛み砕いてみると、拙著中のこのくだりは確実に一石を投じることができたようだな……とか、
この箇所は言いたかったことがうまく伝わらなかったのかな……とか、次に向けてさらに論ずるべき点や表現に注意すべき点など、いろいろと感じ取ることができます。
今年3月のドバイワールドカップを勝ち、先週の日本テレビ盃を勝ったオルフェーヴル産駒のウシュバテソーロ。
そして昨日行われた凱旋門賞で4着と健闘したドリームジャーニー産駒のスルーセブンシーズ。
全兄弟たるドリームジャーニーとオルフェーヴルはノーザンテーストの3×4であることから、ウシュバテソーロおよびスルーセブンシーズの血統表記において、
「ノーザンテースト4×5」のように書かれてしまうのがしばしばですが、あくまで5代血統表レベルでは両馬ともインブリーディングはありません。
この話はラッキーライラックを例に挙げ、こちら に書きましたし、
拙著の第2章「インブリーディング(近親交配)」でも言及しました(こちら)。
拙著を読んで、父方のみや母方のみで完結するインクロスには近交効果が全くないことを初めて知ったというコメントも頂戴しましたが、
このようなことをきちんと伝えることができたことは、書き手としてはとても嬉しいことです。
他方、近親交配の度合いと競走成績の関連性に関する詳細データがほしいというようなものが複数ありました。
しかしこれは、以前 こちら にも書きましたが、科学的に確かなデータを出すことは非常に難しいのです。
生産の現場において、流産、奇形など競走馬として成り立たなかった個体のデータを取る必要もあり、
競馬サークルが一丸となって膨大なデータを処理することなしにできるものではありません。
また、繰り返しになりますが、エピファネイアの場合に、その配合はサンデーサイレンスの3×4のパターンとなるのが大半であり、
このような人気種牡馬(=優良と見なされる種牡馬)の配合パターンにすでにバイアスがかかっていることから、
その産駒の好成績はその父から継承した優良形質の現れなのか、それともインブリーディングの影響なのか、明確な判別ができないのです。
こちら に書いたようなAとBを同一条件下で比較解析することなどできないのです。
また こちら では、
サンデーサイレンス産駒でGIレース(国際格付前を含む)を勝った馬の過半数は5代血統表レベルでインクロスがない話を書きましたが、この話は拙著にあらためて盛り込みました。
理由は、インブリーディング奨励理論やその発信者においてはこのような話には一切触れないことのアンバランスを指摘したかったのですが、
頂戴した書評を読むと、あたかも私はアウトブリーディング(異系配合)こそが良い馬をつくるという主張をしているかのように思われてしまった部分があるようで、
これについては言いたいことがうまく伝わらなかったな……と思いました。
もしかすると、或る過去のレジェンド種牡馬の血はインクロスしたら競走成績に良い効果が比較的たくさん出るかもしれないし、別のレジェンド種牡馬の場合はそうでないかもしれない。
また、こちら にはサートゥルナーリアの交配相手の状況について書きましたが、
内国産牝馬を相手にした場合に大半がサンデーサイレンスのインクロスになってしまう一方で、輸入牝馬を相手にした場合はそうはなりません。
もしもこれらの輸入牝馬の資質が相対的に高いとしたなら、サートゥルナーリアの産駒のうち、
母輸入馬の産駒の成績が相対的に良いという可能性が高くなり、すると、
サートゥルナーリア産駒においてはサンデーのインクロスはない方が良いというような見方をする者も出てきてしまいかねないのです。
つまり、競走馬の個々の成績の観点においては、単純に近親交配と異系交配の良し悪しについては論じきれないのです。
そして、何が何でも甲乙を付けたくなる発想、つまり こちら に書いたような発想には注意を要するということです。
しかし、集団遺伝学の観点、つまり遺伝的多様性の観点からは、近親交配が好ましくないことは自明です。
それが度を超えると、別稿では繰り返し書いていますが「収率」「歩留まり」が落ちます。
多様性維持の観点から米国で議論が起こった種付頭数制限案ですが、日本においてはどのように対処するのか。
仮に日本においてその施策は時期尚早と言い切るのであれば、それを発信する関係各位は、その部分に関する最低限の遺伝学的知識を持たねばならないのです。
最後に。ネットでは拙著に対するレビューがそこそこ出ていると思いますが、やはり未読の方には直接読んでもらいたいです。
べつに買ってほしいと言っているわけではありません。どうしても第三者のコメントには、書き手の私の想いにかなりのフィルターがかかってしまっているのが実際です。
メルカリ等でもそこそこ取引されているようですし、自治体や大学の図書館でも拙著を置いてくれているところは増えているようですので、どうかよろしくお願いいたします。
(2023年10月2日記)
拙著『サラブレッドの血筋』の既版では、競走成績と近交度合い(近交係数)には相関関係があるかの私なりの統計解析結果を載せました。
しかし上記のとおり、競走馬の個々の成績の観点においては単純に近親交配と異系交配の良し悪しについては論じきれないこともあり、
果たしてこのような解析に意義があったのかと現在は思っているのです。とりあえず次版(第4版)では、その良し悪しではなく、
競走馬としてデビューした各馬の近交度合いが、過去に比べて近年はどう変化しているのかなどの調査結果を載せようか?……などと思案しているところです。
(2023年10月6日追記)
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