二重盲検試験(ダブル・ブラインド・テスト)
製薬会社が新しい薬を開発し、それを当局(日本なら厚生労働省)に承認申請するには、
当然のことながら生体における確かな有効性や低毒性などを証明するデータを添付することは言わずもがなですが、
そのデータ取得のために、直接患者さんにその薬物を投与する「治験」を行うわけです。
二重盲検試験(ダブル・ブラインド・テスト Double Blind Test: 以下「DBT」)とは、治験の方法のひとつです。
例えば、甲という製薬会社がAという高血圧に効く新薬候補を開発したとしましょう。そして、その有効性を確認するための治験では、
既に承認を得ている抗高血圧薬(乙という製薬会社が既に販売しているBという薬)との比較データを取ることになったとしましょう。
このDBTでは、医師が患者さん(被験者)にAかBを投与するわけですが、例えばそれが錠剤ならば、そのAもBも全く同じ 「外見」 に製造され、全く同じく包装され、
投与する医師さえもどちらを投与したかが分からいようになっているのです!
承認前のAを投与するのはこの患者さん、承認済みのBを投与するのはこの患者さん……という医師側の主観も完全に排除されるのです。
そして一定数の患者さんに投与が終了した後、どの患者さんにAが、どの患者さんにBが投与されたか、一斉にそのブラックボックスが開かれます。
これを 「キーオープン」 と言います。Aを投与された患者さんのグループと、Bを投与された患者さんのグループに薬効や副作用に差異があるかについて、
徹底的に比較解析され、そこに確かな新たな有効性(有用性)が認められた場合に、めでたく 「新薬」 として日の目を見るのです。
上記のとおり、このDBTのミソは、診療する側の医師さえも、患者に渡す薬がAなのかBなのか分からないというところです。
「病は気から」 と言いますが、実際に、風邪気味の人が単なるアメ玉を 「これって風邪によく効く薬なんだよ」 と悪友に真顔で言われて呑み込んでみると、あらまあ不思議!
それが実際に効いてしまうことがあるのですよ。これを 「プラセボ(プラシーボ Placebo 偽薬)効果」 と言い、薬理学的にも確認されているのです。
つまりDBTでは、医師の表情や言動で患者側にプラスにもマイナスにも発生しうるプラセボ効果を徹底的に排除するわけで、科学的に精度の高いデータを得るにはこのような涙ぐましい努力があるわけです。
こちら でも言及しましたが、大阪府の吉村知事は、
ポビドンヨード製剤(代表的商品名 「イソジン」)があたかも新型コロナウイルス感染症に効果があるような会見を行いましたが、
十分な被験者を用いた的確な比較対照試験など実施されてはいなかったとのことでした。
確かに、あの濃い茶色の液体でうがいをすれば新型コロナに対して有効であることを心底信じた人がいたなら、
プラセボ効果で本当に効くこともあるのかもしれません。悲しむと健康に悪い、笑うと健康に良い、と言われるように、あらゆる物事に対してプラス思考であったならば、
プラスの効果が自らの身体に現れるのは確かなわけですから。
今日もまた前段を長々と書いてしまいました……。
市販誌やウェブ上の血統記事にも散見される各種配合理論において、代表例(成功例)の馬を詳細に説明する一方で、
ではそれと同様の配合で生まれた馬はどれくらいいて、その中でもそのように成功した例はどのくらいの割合なのか? それ以外の配合パターンとの比較対照は?
……といった言及は残念ながらありません。当たり前のことではありますが、比較対照すべき複数のグループを同一条件下に置くことができないからです。
仮に 「同様の配合」 の対照可能なグループがあったとしても、それでもそれはあくまで 「同様」 であり 「同じ」 ではありません。
全きょうだい同士で比較対照するにしても、その遺伝子共有率は50%に過ぎませんし、育成や調教にも当然のことながら差異はあるでしょう。
よって各血統論者が、都合のいいデータのみを盛り込んだ持論を展開しても、それを十分に反証できるデータを得ること自体がそもそも不可能なわけです。
だからこそ、理論を展開する者は、安直に断言してはならないのです。断言調の論述は、誰もそれを否定しきることは不可能だということに単につけこんでいるだけであり、
そのような論述に信憑性は見出せないことは こちら にも書かせて頂きました。
以下は 『疑似科学入門』(池内了 岩波新書)からの引用です:
「人間は多様だから、ある人に効いたからといって自分にも同じ効き目があるとは限らない。体質や生活習慣などの違いによって効能も違ってくるのだ。
本当に万人に効果がある健康食品はないと思うべきだろう」(本書70頁)
単なるプラセボ効果に過ぎないと思うような成功体験ばかりをCMで前面に打ち出す健康食品やサプリメントなどは、いかに要注意であるかがご理解頂けると思います。
そして、多様なのは馬も同じです。
「すべての健康食品が無意味だと言うわけではない。しかし、そんなものに頼らず、普段の食事に気を遣う方がよほど健康的であると言いたいのだ」(本書71頁)
濃い茶色のうがい薬の新型コロナに対する有効性を盲信したりせずに、
バランスの取れた食事や十分な睡眠をはじめとする普段の健全な生活が基本中の基本だということも付記しておきます。
(2020年9月18日記)
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