バイアスのかかった遺伝子プール(その2)
今回は、とりあえず「バイアスのかかった遺伝子プール(その1)」の続編という位置づけの表題にしましたが、
内容的に「エピファネイアという種牡馬におけるジレンマ(その1) (その2)」の続編でもあります。
まず、先日の3月23日付で、JAIRS(ジャパン・スタッドブック・インターナショナル)のウェブサイトに
「種付頭数制限ルール撤回も血統の健全性への懸念は残る(アメリカ)【生産】」
と題した記事があったのですが、こちら の『BLOODHORSE』の記事の翻訳のようで、
これは別稿で繰り返し論じてきた米国の種付頭数制限策の話がベースとなっています。
この記事の中では「Genomic inbreeding trends, influential sire lines, and selection in the global Thoroughbred horse population」
という論文が引用されており、まだ読んでいなかったため、早速これを自分なりに読み込んでみました
(こちら
から自由にダウンロード可)。気になった記述部分がいくつかありましたが、まずは導入部分で以下が書かれています(日本語は私の拙訳)。
"the increasing use of small numbers of popular sire lines, which may accelerate a loss of genetic diversity"
(少数の人気種牡馬の使役増加により、遺伝的多様性低下に拍車がかかっている)
"Inbreeding is often a consequence of selection, which in managed animal populations tends to be driven by preferences for cultural,
aesthetic or economically advantageous phenotypes."
(交配が人為的になされる動物において近親交配は、文化的、美的、経済的に優位性がある表現型を優先させるためにしばしば行われる)
"In Thoroughbred horse breeding selection of potential champion racehorses is a global multi-billion-dollar business, there is no systematic
industry-mediated genomic selection or genetic population management. We hypothesised that the market-driven emphasis on highly valuable pedigrees and the
common practice of inbreeding to successful ancestors in attempts to reinforce favourable variants in offspring has resulted in a global reduction in
genetic diversity."
(サラブレッドの生産において優秀馬の選抜は世界的な数十億ドル規模のビジネスであるものの、その遺伝子選択や遺伝子プールを組織的にマネジメントする産業構造がない。
我々は、「市場が価値ありと見なした血統の偏重と、子孫における好ましい変化を増強するために優秀祖先の血のインブリーディングを普遍的に実践してきたことが、
世界的な遺伝的多様性の低下をもたらした」という仮説を掲げた)
以上は、まさしく米国が種付頭数制限を実践しようとしたことと直結する話です。そして、この論文の結論部分には以下が書かれています。
"We report here a highly significant increase in inbreeding in the global Thoroughbred population during the last five decades, which is unlikely to be halted
due to current breeding practices."(我々は、世界のサラブレッド全体においてこの50年間で近親交配が激増したこと、そして、
現在の生産慣習ではそのような状況が変わりそうもないということをここに報告する)
"rescuing genetic diversity in the Thoroughbred will be challenging due to the limitations of a closed stud book"
(サラブレッドの遺伝的多様性の問題を改善することは、種牡馬の種付頭数制限という困難を伴う)
"The introduction of an industry-mediated longitudinal programme of genomics-based monitoring of inbreeding and the implementation of guidelines and
strategies for genome-enabled breeding that are comparable to methods used in other domestic species, will contribute to promoting economic gain and
safeguarding the future of the breed"
(産業界が主導で近親交配をゲノムベースで監視する長期的プログラムの導入、
および他の家畜において実践してきたようなゲノム対応生産に関する指針および方策の発布は、経済的な促進効果もあり、生産の将来における予防措置にもなる)
どうか皆さんもこの論文を独自に読んでみてください。
上記に私が引用した箇所以外に重要だと思う部分や要確認だと思う部分も、読み手によってそれぞれにあると思います。
エピファネイアやモーリスというサンデーサイレンスの曽孫(ひまご)種牡馬の産駒はサンデーの3×4で溢れていることは何度も書いてきましたが、
これもまさしく上記に直結する話です。
エピファネイアの半弟たる去年スタッドインしたサートゥルナーリアも当然にサンデーの曽孫。
というわけで早速『スタリオンレヴュー 2022』で交配総数 205 におけるサンデーのインクロス状況をチェックしてみたのですが
(黄は3×4、桃は4×4)、結果は以下です。
(3×4) 109 (53.2%)
(4×4) 13 (6.3%)
(4×5) 1 (0.5%)
123 (60.0%)
なお、サンデーのインクロスなしの交配数は 205 - 123 = 82 となりますが、留意したいのは、この 82 のうち 53 は輸入牝馬なので、
自ずとサンデーの血を持っていないのです。そこで、内国産牝馬だけを対象にした総数(205 - 53 = 152)をベースにしてみると、
各々のポイント(%)は以下のようになります。
(3×4) 109 (71.7%)
(4×4) 13 (8.6%)
(4×5) 1 (0.7%)
123 (80.9%)
サートゥルナーリアは、こちら や こちら に書いてきたとおり、
スタッドインする前から個人的にかなり期待している種牡馬なのですが、上記の数字に対しては、あらためてコメントする言葉はございません……。
サートゥルナーリアのサンデー3×4産駒の中からも、エピファネイアのサンデー3×4産駒からエフフォーリア、デアリングタクトというような馬が出たように、
素晴らしい馬はたくさん出るでしょう。しかし問題の焦点は、こちら にも書いたとおり、「個」ではなく「群」なのです。
生物学的には「集団遺伝学」
の範疇の懸念なのです。
今年の『スタリオンレヴュー 2022』には父系樹形図が掲載されているから非常に有意義、これを見ていて飽きない、のようなコメントもSNSで見たのですが、その一方で、
エピファネイアやモーリスと同様に、サートゥルナーリアも初年度からこのような状況に「陥っている」と気づく者、気づいたとしても何かを感じる者はどれだけいるのか?
とも思ってしまったのです。
(2022年4月4日記)
「バイアスのかかった遺伝子プール(その3)」に続く
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