バイアスのかかった遺伝子プール(その8)

バイアスのかかった遺伝子プール(その7)」の最後に書いた我が大学同期(以下「Y院長」)が経営する動物病院に先日行ってきました。 卒業をした20代半ばから一気に35年の時を経ての再会ですから、お互いに歳を取ったことをまずは実感し(笑)、思い出話や同期各位の最近の話に花を咲かせました。

そして、奇形の仔犬の取引に関する話を訊きました。そのような身体に問題を抱える仔ながらも、 販売目的でネットにその可愛い部分だけピックアップした画像を載せるブリーダーの存在、安直にそれに飛びついて買ってしまう者……。 例えば盲目の仔などはネットの画像では判別できず、そこには奇形仔を安楽死させてあげられないという、 或る意味で心の優しき(弱き?)ブリーダーの葛藤などもあるようですが、いずれにしても一定の悪質な取引は存在している様子です。

奇形多発は近親交配(インブリーディング)の影響が大きいことはまず間違いなく、「純血種という病」にも書いたとおり、 犬の近親交配の実態は想像を上回るものなのですが、Y院長によれば、或る犬種は一定の血が濃くなりすぎると、インブリーディングの弊害対策のために、 別犬種の血を(暗黙に)入れるとのこと。そんなことからも、サラブレッドの場合はどうなのか? と私に訊いてきたのですが、 そんなことをやったならば、もはや「サラブレッド(=thorough-bred:完全なる育種、純粋なる血筋)」ではなくなるわけで、 競馬界においてはそれはありえないと回答しました。

しかし、ちょっと話がそれますが、「ありえない」と言い切れるのは現在の競馬界においてのみです。 「「サラ系」の真価を見出せなかった日本の競馬界」や「完全な血統書など存在しない(その4)」 でも触れたように、サラブレッドの親仔判定にDNA鑑定なる行為が導入されたのは、たかだか最近です。少なくとも日本においては今世紀に入った2002年からです。 冷静に考えてみていただきたいのですが、それ以前は不確かな血統記録がたくさんあった(が見つけられなかった)ということです。 その原因は過失のみならず故意も当然にあるでしょう。 そのあたりの話は「完全な血統書など存在しない(その2)」あたりを読んでくだされば、さらに具体的に想像できると思います。

話を戻しますが、先日上梓の拙著に対するご意見として、近親交配の度合と競走成績の関連性に関する詳細データがほしいというようなものがありました。 しかしこれについては、科学的に精度の高いデータを出すことは至難であると考えます。 流産、奇形などの競走馬として成り立たなかった個体のデータも加味する必要も当然にあり、 少なくとも学術団体や多数の生産者の協力を得て膨大なデータを処理することなしに、個人でできるものではないでしょう。 また、例えば、現時点での種付料最高額のエピファネイアですが、その配合はサンデーサイレンスの3×4のパターンとなるのが大半です。 このように、特に昨今は人気種牡馬の配合状況に既にバイアスがかかっていることからも、その産駒の成績はその父馬から遺伝継承した形質の現れなのか、 それともインブリーディングの影響なのか、明確に判別はそう簡単にはできないのも現実です。

3×4や3×3でもいい馬はたくさん出ます。来年生まれてくる予定のキタサンブラックとアーモンドアイの仔はサンデーの3×3ですが、 当然に両親ともずば抜けた馬なわけですから、素晴らしい成績をあげる可能性は高いです。 もしも素晴らしい成績をあげた場合、あたかもその成績は3×3の恩恵かのごとく受け止められ、 このレベルのインブリーディングは全くのOKという空気がさらに席巻してしまうことが予想されます。 けれども忘れてはならないのは、議論のベースとすべき対象(サンプル)は目先の少数の個体ではないのです。 それこそ「歯止めがかからなくなる懸念」にも書いた集団遺伝学の問題なのです。 少なくとも遺伝的多様性の低下が進んでいることは認識すべき事実で、これにはリスクが確実につきまとうということであり、拙著ではその問題提起をしたということです。

Y院長は、そのような犬の取引に関する現状や、動物病院という現場で見て接した現実の話をまとめた本を来年を目標に書く予定とのこと。 編集者もすでに付いているとのことであり、個人的に非常に楽しみにしています。出版の際は、微力ながら私の方でも精いっぱいの宣伝をさせていただきます!

(2023年8月19日記)

バイアスのかかった遺伝子プール(その9)」に続く

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