歯止めがかからなくなる懸念
驚きのニュースが入ってきました。アーモンドアイが第3仔としてキタサンブラックの仔を受胎したのとことです。ぶったまげましたし、衝撃そのものでした。
私がなぜここまで驚いているかについてはご察しとは思いますが、キタサンブラックとアーモンドアイの配合はサンデーサイレンスの3×3となるからです。
アーモンドアイの初仔は父エピファネイア、第2仔は父モーリスということで、ともにサンデーの3×4です。
別稿では、日本の生産界では金太郎飴のごとくサンデーの3×4馬の量産が行われている旨は繰り返し繰り返し書いてきました。
さらには前々回の「サンデーサイレンスの多重インクロス馬の量産開始」に書いたとおり、多重インクロス馬も量産態勢に入りました。
そこに、年度代表馬の栄冠に2度も輝いた馬同士の3×3です。
世界にも名をとどろかせるノーザンファームが、世界にも名をとどろかせる馬同士でこれを実践してしまうと、そして生まれてきた仔がそこそこの活躍をするとなると、
日本のみならず世界の競馬サークルが、3×3など全くの許容範囲でリスクなど全然ないというような空気に支配されてしまうかもしれません。
「バイアスのかかった遺伝子プール(その6)」に書いたように、
単に Enable のような馬がいただけで即2×3も好意的に見られてしまうことからも、
ワールドワイドに近親交配に対するリスク感覚の稀薄化に歯止めがかからなくなるかもしれないわけです。
昨秋に書いた「3年ぶりの日高訪問」の中でも触れましたが、どの生産者もサンデーサイレンスの血の飽和状態に配合を悩ませています。
ファンにしても評論家にしても調教師にしても、その眼は競走馬として入厩できた個体にだけ集中しますが、
きつい近親交配においては受胎率低下、流産(死産)率上昇、奇形発症率上昇などが起こるのは自明です。
つまり「収率」「歩留まり」が低下するわけであり、生産者はそのような視点も持たざるを得ないわけですが、
購買層(馬主)を含むサークル全体のリスク感覚の低下は、たかだか生産馬1頭のあたりはずれでさえ経営に大きく影響する中小の生産者を翻弄します。
「「3×4」の呪縛」にも書いたように、「3×4」という数字に対する好意的な空気にサークル内は支配されてきました。
しかしこれは或る意味で、それ以上のきついインクロスの歯止めになってもいたという好ましい側面があったことも否めなく、つまり一定の歯止めがかかっていたわけです。
が、その歯止めが利かなくなるかもしれないということが、今般の大きな懸念です。
以前、社台ファームは3×3はいとわないが、ノーザンファームは3×3を可能な限り避ける方針だという話を或る筋から聞いたことがあります。
よって今般、大きな方針転換があったということなのか? いや、ちょっと違う気がする。
留意したいのは、本件のプレスリリースはシルクレーシングの代表からのものだということです。
つまり、生産者はノーザンファームであるとはいえ、アーモンドアイの交配相手の決定はシルクがイニシャチブを握っている気配であり、
すると、一口馬主クラブにおける集客力の観点から、キタサンブラックのような選択も想像がつくわけです。
別稿でも何度も書きましたが、きつい近親交配でもいい馬はいくらでも出ます。
しかし論点を見誤ってはなりません。論ずるべき対象は、「遺伝的多様性の低下に対する米国の方策(その7)」や
「バイアスのかかった遺伝子プール(その2)」にも書いたとおり、「個」ではなく「群」なのです。「集団遺伝学」 の範疇の問題なのです。
先月末に脱稿した新書の原稿の第3章「失われる遺伝的多様性」では、この件について詳述したことを申し添えておきます。
(2023年3月18日記)
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