3年ぶりの日高訪問
コロナ渦でしばらく自重していた日高の生産地訪問ですが、3年ぶりに行って参りました。
訪問したい牧場はいくつもあったのですが、浦河より先の様似町、えりも町には足を延ばしたことがなくて、一度は襟裳岬にも行ってみたいと思っていたので、
観光半分の行程とし、以前より懇意にさせて頂いている生産者を中心に巡ることにしました。
あらためて貴重なお話を聞かせてくださった生産者の皆さま、本当に有難うございました。
現在の生産界の様子を一歩踏み込んで確認することができましたし、さらに広い視野に立てば、現在の競馬界の課題も再確認できた気がします。
ということで、今日のコラムは、今般の日高訪問の備忘録の意味も含みます。
<血の偏り>
やはりどの生産者も、サンデーサイレンスの血の飽和状態に配合を悩ませている様子です。
ファンにしても評論家にしても調教師にしても、その眼は競走馬として入厩できた個体にだけ集中します。
その一方で、きつい近親交配においては受胎率低下、流産(死産)率上昇、奇形発症率上昇等が起こるのは、既存の生物学では自明であり、
「収率」「歩留まり」が低下しますので、生産者はそのような視点からも配合を検討しなければならないわけです。
以上は こちら に書いたことの繰り返しとなります。
凱旋門賞を連覇した Enable や今年のケンタッキーダービーを勝った Rich Strike は2×3の強い近親交配で生まれてきた馬ですが、
このようなごく一部の成功例を持ち出して、あたかもリスクはないかのごとく都合よく物事を解釈してしまう こちら に書いたような思考は、
まさしく こちら に書いた「確証バイアス」の一種でしょう。
<マーケットブリーダーのジレンマ>
以前、5代血統表中にサンデーの名がたくさんあるのがいいと思っている馬主がいる、
というような話を生産者から聞いて暗澹(あんたん)たる気持ちになったことがあるのですが、
こちら にも書いたように、マーケットブリーダーであれば、
まずは売れる馬をつくらなければどうにもならないということに対するジレンマがつきまといます。
例えば、マーケットブリーダーが配合について研究を重ねて、自己が保有する牝馬の交配相手としてベストと思った種牡馬を付けたとしましょう。
けれども、その種牡馬のブランド価値がいまいちの場合、どんなに素晴らしい馬体の仔が得られたとしても高値がつきづらいわけです。
そうするとやはり、当然に目の前の生活が第一ですから、泣く泣くブランドに迎合せざるを得ないわけであって、
今般訪問した生産者からも似たような話を何度か聞きました。
一方で、こちら にも書いたように、ブランド価値が低い種牡馬の産駒から1頭でも活躍馬が出現すれば、
その種牡馬に対するバイヤーの評価は瞬時に変化するわけで、マーケットブリーダーはそんな嗜好の変化を常に敏感に察知せねばならないわけです。
そんな嗜好に惑わされることなくベストを目指そうとした場合に、財力を含めて一定の力のあるオーナーブリーダーに奮起してもらいたい、というような話も出ましたが、
これは、こちら に書いたこととも重複します。
ちなみに、昨日の英GIの Futurity Trophy をディープインパクト産駒の Auguste Rodin が勝ちましたが、この馬は母、祖母、叔母がGI馬です。
また、今日の菊花賞を勝ったディープ産駒のアスクビクターモアは、愛国産でGI2勝の半姉がおり、いとこにもGI馬がいるわけですが、
ディープインパクトのブランド力は母系に支えられている話は こちら に書きました。
<予想される米国からの圧力>
「遺伝的多様性の低下に対する米国の方策」と題したものを本コラム欄では計7回書きました。
遺伝的多様性低下への対応として、北米では一種牡馬当たりの種付頭数制限策が施行される予定でしたが、(その6)にも書いたように、
この策は撤廃されました。しかし、その可否については継続して議論しているはずであり、こちら で引用した論文などにある現状から、
サラブレッドという種の保全のためにも、いつまでも無策のまま続くはずはあり得ないと考えます。
すると、あらためて米国が何らかの策を打ち出した場合に、日本を含めた諸国に対して米国は協調(ハーモナイゼイション)を促す圧力をかけてくるのではないか?
と私は読んでいます。なぜなら、(その5)に書いたように、この策に反対を唱えた大手ブリーダーの言い分に、
このような種付頭数制限策が他国では施行されていないために、米国の優良種牡馬が他国に流出してしまうというのがあるのですが、
この懸念については大きく頷けるからです。
そのためにも、生産界を含めた日本の競馬界全体が、いざという時にどのような協調案を打ち出せるかです。
(その6) の中の「2.科学的啓発の必要性」に書いたように、多くの関係者は、
米国が一旦は施行を決定したこの策の実際の理由を理解していないのが現状であり、いざ協調圧力がかかってきた際に慌てないためにも、
日本のサークル全体がそこをきちんと事前に理解しておく必要があるわけです。
そして、理解したとしても、仮に種付頭数制限をするのであれば、対象種牡馬や制限頭数などの詳細事項に関する交渉も一筋縄ではいかないでしょう。
すると、5年、10年などあっという間に過ぎてしまうわけですが、
他方、そんなことはおかまいなしに血の偏りたる遺伝的多様性の低下は今も加速度をつけつつあることから、今般の訪問では、こちら
に書いたような話もちょっとだけさせて頂きました。
(2022年10月23日記)
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