強い馬より売れる馬
前回、ペルシアンナイトが種牡馬になれず乗馬になるという話に触れましたが、
同じハービンジャー産駒のブラストワンピースも種牡馬ではなく乗馬にというニュースにちょっと(いや、かなりの)違和感を覚えております。
産駒が売れてなんぼのこの世界。果たして父ハービンジャーが敬遠されたのか?
勝ったGIは1つのみだからか? 王道たる府中のコースでの重賞勝ちも無かったからなのか……?
しかし、ブラストワンピースは重賞を5つも勝っていることも含めて、これら2頭がそろいもそろって種牡馬になれないことはやっぱり解せません。
ややもすると「ニーズが無い」という言葉で安直に片づけられてしまいますが、そろいもそろってハービンジャー産駒という本件からは、
我が競馬界の「血筋」に対するバイアスのかかった嗜好が垣間見えるのです。
種牡馬としての成功など、実際にふたを開けてみなければ分からないのですが。
昨年書いた「3200mの天皇賞が持つ意義」では、
競馬産業を構築する要素のひとつひとつにおいて一定の方向に過剰にバイアスがかかるような、つまり各々の要素のバラエティをどんどん狭めていくような思考が席巻し、
それに違和感を持たない空気が取り巻いていくことの危険性について警鐘を鳴らしました。
これは今般の件にも相通ずるような気がしており、人気種牡馬における年間200頭以上の種付けが当たり前となった現在、
種牡馬の総数は少なくても良いという環境ができあがったこと、そして依然として限られた父系偏重の空気が跋扈(ばっこ)していることが、
やはりペルシアンナイトおよびブラストワンピースに対しての今般の扱いの主因であるというのが当座の私の結論です。
さらに思ったことは、別稿では私はしつこいまでに今後はサンデーサイレンスのインクロス馬があふれることによる遺伝的リスクを指摘してきましたが、
ブラストワンピースは現時点では稀有なサンデーの玄孫(やしゃご)であり、種牡馬になった場合にその面のリスクは非常に少ないわけです。
が、依然として我が生産界は、そのような視点はほとんど持っていないのではないかとも思ってしまったのです。
ちなみに、サンデーサイレンスのような例は別格として、種牡馬のブランドが名牝に支えられていることは「巨大な自転車操業」
に書いたとおりであり、サークル内にあふれる父系や種牡馬の重要論が本当ならば、ここまでブリーダーが繁殖牝馬に大枚をはたく必要などありません。
いろいろなことを言われながらもノーザンファームが 前回 書いたように Swiss Skydiver や Mystic Journey を物怖じせずに購入するのも、
それが生き残るために必要不可欠であるからであり、周囲の雑音など気にしていたら馬産ビジネスは成り立たないことなど熟知しきっているのです。
ここで思い出したのが、「アーモンドアイの交配相手に思うこと」に書いたダーレー・ジャパンの話です。
新卒1・2年目のスタッフが、或る繁殖牝馬に対して最適な配合相手と思う種牡馬を提案するというもので、課題として2頭の繁殖牝馬が与えられ、
@1頭はセリで売却する前提、Aもう1頭は自ら馬主として所有する前提、という2パターンの配合を考えるというものです。
当然ですが、大手のマーケットブリーダーにおいては@の思考が全てでしょう。
仮に独自の科学的な配合ポリシーを持つマーケットブリーダーがいたとして、熱意を持ってAに近い思考で馬を生産したとしても、
「科学的啓発の必要性(その4)」に書いたような「エンタメ主眼者」が主要な購買層である限りは、
セリに出してもやはり主取りの確率が高くなってしまうわけであり……。
これ、老舗の喫茶店がどんなにハンドドリップで美味いコーヒーを淹れても、若者はしょせん機械抽出のあの超人気コーヒーチェーンに流れるのとどこか似ています。
こちら は「それでもディープインパクトなのですか?(その2)」で引用した
『スタリオンレヴュー2020』(サラブレッド血統センター) にあるディープインパクトのラストシーズンたる2019年の交配相手(24頭)ですが、
実際のディープのラストクロップは13頭とのことであり、日本で血統登録されたのが6頭、欧州で血統登録されたのが7頭とのこと。
そしてこの欧州の7頭中、なんと6頭の母(ロードデンドロン、アズミーナ、マインディング、ハイドレンジア、メイビー、マリシューズ)はその父が Galileo なのです。
この配合として Saxon Warrior(母は上記のメイビー)や Snowfall の例はあれど、何かここまでくるとニックスがどうだとか言うのが虚しくなり、
がちがちに「ディープ×Galileo」というブランドで固めるのが最善とする思考の極致のようであり、
「ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?」に書いたレストラン「セレクト」の話のごとくです。
少なくともオーナーブリーダーであれば、「Galileo の血に埋没する欧州」にも書いたように、
安易に同様の血を注ぎ込んで将来の配合の選択肢を極端に狭めることにリスクを感じて然るべきなのです。
幸か不幸か、昨今は特に、海の物とも山の物ともつかない未知なる当歳馬や1歳馬に何億もの大枚をはたく面々に大手ブリーダーは支えられています。
例外なくそんな大枚が飛び交う対象馬の血統表上では、父方にも母方にも人気を博したいくつもの馬の名前が楽しげに踊っています。
まぁ、中身以前に「人気」というのはわれわれの身の周りのあらゆる世界における最優先事項なのかもしれないのですが……。
(2022年1月25日記)
京成杯を快勝したオニャンコポンの2代母は英GIサンチャリオットSを3連覇した名牝サプレザですが、
オニャンコポンは2019年のセレクトセールの当歳部門における4番目の低額落札馬だったとのこと。
父エイシンフラッシュの人気がそれほどでもなかったことによるのでしょうか? 超人気種牡馬の産駒にばかり目が行った盲点だったのかもしれませんね。
(2022年1月26日追記)
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