科学的啓発の必要性(その4)

「科学的啓発の必要性」と題したものは (その1)(その2)(その3) と書きましたが、今回はその続編です。

一昨日、新たにアイルランドの生産者とアメリカの獣医師から拙著の注文を頂戴し、新しい年もなんとか滑り出せた気持ちになっております。 ところで、その獣医師からは興味深い話を聞きました。以下のような話です。

・種牡馬の成功は交配牝馬のミトコンドリアDNAの型(ハプロタイプ)との親和性に大きく左右される。
・カリフォルニアクロームの場合、或る型(I-haplotype)の牝馬との親和性が高い。
・この I-haplotype はファミリーナンバーで言えば4、11、13、A2、A11、A24、さらには2、12、16、20、23 のいくつかの枝葉系統が該当する。
・北米、南米、そして日本でのカリフォルニアクロームの産駒成績をじっくりと観察する価値がある。ちなみに日本の初年度産駒の約25%がこの配合に該当する。

ただし、上記は現時点で確かな科学的裏づけはなく、統計解析もなされてはいないとのことです。 つまり、自らを遺伝学者ではないと謙遜するこの獣医師のあくまで仮説であり、私自身も「それが本当ならばどのような科学的なメカニズムなのだろうか?」 ……と思っており、I-haplotype というものも理解しきっておらず、鵜呑みにはしておりません。 しかし、母性遺伝をするミトコンドリアDNAに着目した探究を綿密に行っているだろうことは、その頂戴したメール文の行間から直感したとともに、 海外の方がこんな私ごときを生物学的側面から血統や配合を探究する同志と思ってくれたことにかなり感動してしまったのです。

感動した理由をさらに述べれば、私はミトコンドリアに存在するDNA(遺伝子)に絡めた母系の重要性の科学的検討には意義がある旨を、 8年前(2014年)に『サラブレ』編集部が発行の『サラBLOOD!』(vol.3)に寄稿した 『ミトコンドリアとファミリーライン 〜生物学的観点から見る母系の重要性〜』を皮切りに、 本コラム欄でも こちら で言及したとおり、自分なりに継続的に発信してきたものの、 科学的側面から一緒に議論してくれるような国内の方からの反応が本当に少なかったからなのです。 ついつい こちら では僭越にも「遺伝子レベルまで突っ込んで議論するような気骨ある血統論者が昔も今もほとんど見当たらない」 と書いてしまったこともそこに関連します。

血統や配合の検討において、そのように遺伝子に言及するような科学的探究はニーズがないという意見も頂戴したのですが、 競馬をもっぱら「エンタメ」の視点で接するファンを中心とした層においては、そのような堅苦しい議論のニーズなど無いのは確かでしょう。 馬主にしたって、所有馬が活躍しなければ生活保護を受けることになる……などという者は皆無のはずで、よって馬主族の周辺もやはり「エンタメ」がベースであって、 ニーズは乏しいのでしょう。

そのような「エンタメ」主眼の層が血統や配合を検討する場合、@難しくないもの、A面白いもの、ばかりに目が行きます。当たり前と言えば当たり前の話です。 @は、上述のミトコンドリアのような小難しい話などほとんど見向きもされないことがまさしくその例であり、また、 繁殖牝馬に比べて総数が圧倒的に少ない種牡馬に主眼を置く血統論などもその例です。 Aは、こちら にも書いたように、アウトクロスよりもインクロスの話ばかりが血統関連のサイトや書物にあふれていることが典型でしょう。

その一方で、競馬を生活の糧としている生産者において、上述のようなニーズが無いことなどあり得ません。 生産者が簡単で面白い理論に陥ってはいないか?……と思うこともしばしばであり、例えば こちら では、 「〇×〇のインクロスで良い馬が出たら、そのインクロスのお蔭と安直に帰結してしまうことはないですか?」と指摘させて頂きました。 また、上述のミトコンドリアDNAのハプロタイプの親和性に関する話など、生産者が真っ先に興味を示すべきであると私は思うのですが、如何でしょうか?

冒頭に書いた獣医師によるカリフォルニアクロームの産駒の話では、米国産で日本で走り未勝利に終わった エリーテソーロ にも及び、あまりに広く深く調査していることに頭が下がる思いでした。 しかし、自分もサラブレッドの血筋の科学的探究においては、この獣医師には負けたくはありません。 この獣医師がグローバルな視点で極東の競馬にも確実に着目しているように、自らもさらに多面的・多角的な視点を持つべく、 新たな年の始まりにおいてあらためてふんどしを締めて掛かったところです。

(2022年1月11日記)

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