求められる多面的・多角的な思考力(その3)

求められる多面的・多角的な思考力(その2)」の書き始めでは平松さとしさんの記事を引用しましたが、 今回もまた平松さんの記事「凱旋門賞の日本馬の敗因は本当に『重い馬場』だったのか?」 をまずは引用します。 あらためてその洞察の深さには敬服しますし、誰も気づかなかった箇所から斬り込む、つまり裏側の別な角度からの視点もいかに重要かということに気づきます。

私は、日本の競馬サークルにおいて近親交配の意味で通常に使われてしまっている「クロス」という言葉は適切ではなく、 「インクロス」という言葉を用いるべきだと繰り返し述べてきました。その1つめの理由は、「誤解を与えないように心がけたい」にも書いたとおり、 英語の「cross」には「(異種)交配する」 という意味はあるものの近親交配のような意味は見当たらず、海外の関係者に誤解を与える可能性があるからです。 確かに海外の競馬関係者のコメントに、近親交配の意味で「cross」という言葉を見かけることがないわけではありません。 例えば過日、オーストラリアの方のツイートで「Dirty Thoughts is bred on a 4 X 4 cross of Fairy Bridge」というのを見たのですが、これは問題ないでしょう。 なぜなら、Fairy Bridge という馬が「一方の親側の4代前」と「もう一方の親側の4代前」に共通祖先として存在するということが理解できるからです。

他方、「サンデーのクロス」といった言葉は我が競馬サークル内で頻繁に耳にしますが、果たしてこの表現はどうなのでしょうか?  繰り返しますが「cross」の本来の意味は「交配」です。よって、もしもサンデーサイレンスの近親交配の意味で「The cross of Sunday Silence」 と海外の人に言ったならば、単にサンデーサイレンスを交配した(サンデーサイレンスの血を持った)という意味に解釈されてしまうかもしれません。 また、「牝馬クロス」などという言葉もしばしば見かけますが、英語に直訳すれば「The cross of mare」であり、全く理解不能となります。

2つめの理由として、 近親交配に「インクロス」という言葉を用いれば、その対極的な語たる異系交配(非近親交配)に「アウトクロス」という言葉を用いることも可能となってくるわけです。 つまり、近親交配に対して「クロス」という言葉を使い始めた人、そしてこの言葉をそのように使うことに違和感を覚えない人は、 配合を論ずる際に、異系交配について言及する意義を軽視どころか完全に忘れ去っているのです。 いま一度確認してみて頂きたいのですが、市販書物や競馬情報サイトで「クロス」という言葉を多用しているライターの記事は一定方向からの視点に偏り、 異系交配に言及することなどないのではありませんか?  確かに「やはり「真実」は面白くない」にも書いたとおり、異系交配の話など面白くもなんともなく、 そんな話をしても読者ウケしないわけですから、ライター諸氏のご苦労も察するのですが。

私がサラブレッドの血統というものに接し始めた当時は、近親交配を「クロス」などと呼んではいませんでした。 これは誰かが遊興的に使い始めた結果と思われ、よって、競馬関係の各団体、特に血統関連の組織に属する方々こそ、 率先してこのような言葉遣いに是正を図るべきだと切に私は思うのです。が、現実は、それに加担してしまってはいないでしょうか……。

ところで、〇×〇のインクロスで良い馬が出たら、そのインクロスのお蔭と安直に帰結してしまうことはないですか?  つまり、〇×〇というインクロスが「原因」で、良い馬の出現が「結果」という単純な一方向の図式ばかりを頭の中で描いてはいませんか?  例えば、生産者が自己の繁殖牝馬(以下「A」)に或る種牡馬(以下「B」)を付けることにしたとしましょう。 その生産者はその配合においてインクロスを入れたいと思ったわけではないものの、結果として〇×〇というインクロスが存在したとして、 生まれた産駒がデビューして素晴らしい成績を残した場合に、そのインクロスのお蔭と考えるのはありかもしれません。 けれども、「この馬はAとBが各々持つ遺伝子の総合的な相互作用における成功例であった。 AとBの遺伝子の親和性が近親交配に付きまとう負の効果をもたらさらなかった」というような別な角度からの視点が欠落していることはないでしょうか?  そして次の配合検討の際に、そのインクロスパターンを積極的に導入しようと思ってしまってはいないでしょうか?

生産者各位の自らの配合検討に関するネット上のコメントを見ていると、上記のように思ってしまうことが最近かなり増えてきました。 セリにおいて、名簿には上場各馬の近親交配の状況が記載されています。 例えばヤフオクでは、対象物品に傷がある場合はそれを出品者が自己申告でコメント欄に記載するように、セリ名簿のその記載もそれに似たもの、 つまり「この馬はこんな近親交配になっちゃいました……」と言っているような気が以前はしていたのですが、 しかし、ふと、馬を上場する生産者はこれを「セールスポイント」と考えているのか? と思ったとき、ハッとしたのです。

ファン、馬主、その他競馬関係者のあらゆるコメントにしても、良い馬の出現はインクロスのお蔭であるような言説が散見される一方で、 アウトクロスのお蔭のようなものは見かけることはほとんどありません。不思議です。 もしかしたら、サンデーサイレンスのインクロス持ちの内国産馬があふれ出してきていることからも、そのような一方向からの考えばかりを皆が抱いてしまうのは、 深層心理における現実逃避そのものなのかもしれませんね。

(2021年10月22日記)

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