求められる多面的・多角的な思考力(その2)
数日前の平松さとしさんの記事
「欧州の馬場は本当に重いのか? 先入観を捨てないと、凱旋門賞は見えてこない 」
は奥深い内容で感嘆しました。
「皆『欧州の芝は重い』って言うけど、実際に向こうへ行ったり、馬場を歩いたりした人はどのくらいいるんでしょうね?」
「確かに多くの人は聞いた話で先入観を抱いているのではないだろうか」……のくだりについては思わずうなずき、
先入観や固定観念にとらわれないためにも多面的で多角的な思考力が必要だとあらためて痛感しました。
先週の産経賞オールカマーを快勝し重賞3勝となったウインマリリン。その血統表を眺めると、母、祖母、曽祖母……の出産年齢は順に 14、20、24、9、20 であり、
何か素晴らしい生命力を感じてしまい、このことをツイッターに書きました。
これに対して、母高齢出産の馬に一口馬主として出資した方から、ウインマリリンの存在を知って安心したという声を頂戴したのですが、
近ごろはどうも母親の年齢に対して生産界および購買層(一口馬主を含む)がちょっと過敏になっているような気がしてならないのです。
「求められる多面的・多角的な思考力(その1)」でも書きましたが、
母親がかなりの高齢でも元気に生まれてきた仔であれば懸念は不要だと私は考えています。
母親の年齢がどうであれ、この世に健康に生を受けた 「個体」 はわれわれが想像もできないほど精巧に頑丈にできあがっており、
それが 「生き物」の神秘なのです。
細胞内小器官たるミトコンドリアというエネルギー生産工場にある遺伝子はなぜ母親からしか授からない「母性遺伝」なのか?……ですが、
精子が卵子に向かって一生懸命に泳いでいく際、おしりに付いているあの細長い鞭毛(べんもう)が激しく運動することで疲れ果て、
スタミナ供給源のミトコンドリアの遺伝子はかなりボロボロになってしまい、
これを受精卵がそのまま持っちゃうと生まれくる子の健常性を脅かしてしまうため、精子のミトコンドリアの遺伝子だけを敢えて抹殺する、というのが現在の生物学の定説です。
まさしく深遠な「自然の摂理」ですが、もしも母が高齢という理由で生まれくる仔の健常性に問題が発生しそうな場合は、同様の自然の摂理により、
不受胎や流産という現象を敢えて起こして早期段階で淘汰するのではないかと私は考えているのです。
よって、受胎率、出生率という点では高齢牝馬にはデメリットがあるのかもしれませんが。
(「繁殖牝馬の適齢期」 および 「高齢の母から生まれた名馬たち」 も参照)
我が母系樹形図に新たにGIを勝った馬を加筆する際に、どうも近年は出産年齢が若齢にシフトしている気がするのは確かなのですが、
これはやはり、世界の競馬サークルにおいて、若齢出産を過度に奨励する先入観や固定観念にとらわれている結果のような気がしてならないのです。
確かに高齢の母から生まれた馬は目に見えない部分で何かがあるのではないか?……と思ってしまう気持ちは分かります。
しかしそれを言うのであれば、例えば、きつい近親交配の方をもっと懸念すべきだと私は思うのです。
近親交配の弊害たる遺伝病は若齢時は全く発症しなくとも加齢により発症するものもあり、
(その1) で触れたルペルカーリアの場合であれば、私は母シーザリオの年齢よりも、
この馬には3×4のインクロスが2つも入っていることの方がかなりのリスクに見えます。
近親交配の話が出たついでではありますが、「「3×4」の呪縛」にも書いたとおり、
3×3はNGも3×4はOKのような空気が依然として支配しているのは、先入観そして固定観念そのものであり、多面的・多角的な思考の欠如とも言えます。
ところで、過日読んだ競馬雑誌の或る著名種牡馬を紹介した記事に、
「……を通じて世界的にサイヤーラインを発展させている」という表現がありました。
確かにサイヤーラインというものだけに焦点を当てればそのとおりではあるのですが、
これについても全くの別の角度から眺める必要があると思うのです。
例えばこの半世紀ほどの間に繁栄を見たサイヤーラインと言えば、Northern Dancer や Mr. Prospector の系統がまずは挙がるでしょう。
しかし、Northern Dancer や Mr. Prospector にしても、自らの血は自らのサイヤーラインだけを繁栄させたわけではありません。
母の父として、母の母の父として、父の母の父として、その存在感を示し、世界各国の血統地図を塗り替えたのです。
つまり、「世界的にサイヤーラインを発展」という言葉から漏れてくるのは、恣意的に血統表の最上段のラインしか見ていないということなのです。
「牝馬はY染色体を持たない」にも書きましたが、サンデーサイレンスにしても、母の父としても重厚な存在感を示しているわけであり、
逆にこのことが仇(あだ)となってサンデーのインクロス馬の急激な増殖が起こり、日本の生産界の健全性を脅かし始めました。
他方、私が別途唱えている母系の重要性にしても、これを論ずる際には多面的・多角的な視点が必要なのは言わずもがなです。
「名牝を母に持つ名種牡馬(その1)」にも書いたように、母親が優秀な種牡馬は優秀な産駒を出す傾向があるような気がしており、
Galileo の産駒が優秀なのは Urban Sea のお蔭だとしたならば、また、エピファネイアの産駒が優秀なのはシーザリオのお蔭だとしたならば、
母の母の母……とさかのぼる血統表のボトムラインだけを眺めるに留まらず、父の母の母……というような視点も当然に必要になってくるわけです。
(2021年10月3日記)
「求められる多面的・多角的な思考力(その3)」に続く
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