「3×4」の呪縛

別稿で何度も書いてきましたが、3×4の近親交配の効果(プラスの意味もマイナスの意味も含む)は3×3の半分です。 言い換えれば、3×4のリスクは3×3の半分に過ぎないのです。 それなのに、3×3に比べて3×4を持つ馬の数が5倍にもなる話は「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その8)」にも書きましたが、 これはまさしく競馬サークル全体が「インブリディーディング」を誤解していることを示唆します。

3×4をサラブレッドの市場が好意的に見るのなら、当然ながらマーケットブリーダーの馬づくりはそちらに走りますが、 その究極の例が「セレクトセールの上市馬のリストを見ながら……」などにも書いてきたエピファネイアとモーリスの産駒の現状です。

競馬サークルは「3×3はNG、3×4はOK」というような感覚に支配されていることを 「近親交配(インブリーディング)とは何か?(その3)」でも書きましたが、 想像するに、生産界がごく通常の配合を実践していれば、3×4の馬は自ずとかなりの数になるわけであり、 そうすると大きなレースを勝つ馬の多くが著名馬の3×4の血統構成だったことは容易に想像でき、結果、「奇跡の血量18.75%」などという言葉も出現し、 深慮のない「3×4神話」がトコロテン式に出来上がってしまったのが実際でしょう。

現在、拙著『サラブレッドの血筋』の第3版を準備中で、この中で2016年〜18年の3年間に開催された全世界のGIの勝馬の近親交配状況を調査した結果を掲載しますが、 今般調査した延べ1372頭においても、3×3の数は34例、3×4は167例と約5倍でした。 このことからも、「3×3はリスキーだが3×4はOK」という感覚に支配されているのは国や地域を問わないようです。

3×3と3×4の間の良し悪しに関する線引きの科学的な根拠やデータは皆無です。何ひとつありません。

「データ」と言えば、プロ野球においては今は亡き野村克也氏が実践したID野球が有名ですし、 去年も今年も日本シリーズを4連勝で締めくくったソフトバンクもデータの勝利とも言われています。 先週の日曜朝のTBS系『サンデーモーニング』のスポーツのコーナーでは、その前の週の阪神ジュベナイルフィリーズを快勝したソダシが取り上げられ、 司会の関口宏さんが「白毛馬はなかなか勝てなかった」ということをおっしゃっていたのですが、そりゃそうです。数が極端に少ないのですから。 データの視点から見れば当たり前の話です。

現在、日々のニュースでは都道府県別の新型コロナの感染確認者数が報じられていますが、その数を読み解く上で気をつけなければならないのが、例えば、 1千万人を超える東京都の100人と地方の県との100人では意味が全く違うということです。 以上のようなことからも、データを正確に読み解く力(データリテラシー)を磨くことが益々重要になってきているわけです。

先日発刊された角居勝彦調教師の著書『さらば愛しき競馬』(小学館新書)を読み終えました。さすが角居師、この本ではデータの重要性に触れて、 馬に対して経験則よりも科学的裏付けのある接し方をどんどん取り入れたと書かれており(23頁あたり)、 旧態依然の厩舎の在り方について積極的に改善を試みた姿は本当に素晴らしいと思いました。

……が、ひとつだけ、ちょっと引っかかるくだりもありました。 この本の101頁に「エピファネイアとリオンディーズの2頭は種牡馬になりましたが、彼らにとってサンデーは曽祖父(ひいおじいさん)にあたるので、 血統的にはサンデーの孫に種付けすることも選択肢になりました」とあり、 角居師のような日本を代表する調教師でも3×4ならOKという感覚に支配されてしまっていることにちょっと驚いてしまったのです。

さらに、日本を代表する(と私は思っている)競馬評論家の柏木集保氏にしても、 こちら のデアリングタクトが勝った秋華賞に対するコラムや、 こちら のアーモンドアイのラストランとなった過日のジャパンカップに対するコラムでも、 サンデーサイレンスの3×4を好意的に見ているフシがあり、競馬サークル全体において根がかなり深いことを思い知らされます。

調教師にしても評論家にしても、その眼は、競走馬として入厩できた個体に集中します。当たり前の話です。 一方で、生産者はそうはいきません。近親交配による不受胎、流産、早産、死産、発育障害等まで視野に入れなければならないのです。 ふと思ったのですが、サラブレッドの配合シミュレーションを楽しむゲームソフトにおいてはそのような負の要素はほとんど考慮されてはいないのでしょうが、 しかしセレクトセールで何千万、何億とするような馬を購入する者に、そのようなソフトの愛好者も少なからずいるのかもしれず、 「「遺伝」とはアナログな現象である」に書いたようなファンの思考がサークル内でさらに勢力が増すのであれば、 ちょっと暗澹たる気持ちにもなってくるのです。

なぜ3×3は避けるのですか? なぜ3×4なら良いのですか? いま一度立ち止まって考えてみて頂きたいのです。

(2020年12月27日記)

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