科学的啓発の必要性(その1)

今回は、前々回の 「プロダクションの深遠なる戦略」、前回の 「第4の胸騒ぎ」 の続編です。

社台Gがエピファネイアやモーリスに対してあのような配合に終始してしまうのは、マーケットブリーダーの宿命であるとも言えます。 マーケットブリーダーは、いかに自己生産馬が売れるかということが最優先なのは当然のことであり、以前、こちらこちら でも言及させて頂きました。

しかし、その一方で、市場がそのような嗜好を抱き続けることを口実に、マーケットブリーダーが配合に関する何らの軌道修正も実践しなければ、 (しつこい堀田はまた同じこと繰り返しますが)生産界全体におけるいびつな遺伝子構成にさらなる拍車がかかり、結果、 生物としての 「健常性」 を脅かす遺伝的多様性低下をきたします。

これを書いている時点では依然モーリス産駒は未勝利であり、ネット上ではモーリスに対していまも色々なネガティブなコメントが寄せられています。 けれども、ほとんどの産駒がサンデーサイレンスの3×4であるわけで、 前回 私が指摘したような視点に基づくコメントがほとんど見つからないのは或る意味で不思議なことであり、 これが現在の我が競馬サークルの実情です。

我が国の大手のマーケットブリーダーは目先の利益が最優先であるがゆえに、そのようなサークル内の空気に 「つけこんでいる」 ような気がしてならないのです。 しかし、中長期的な時間軸に基づく科学的(遺伝学的)な視点を持たずに、深慮ないサンデーサイレンスの3×4の量産のような行為を継続することは、 紛れもなくマーケットブリーダーたる自らの首を絞めかねない行為です。 その対応として、寡占化の中心に胡座してしまったリーディングブリーダーこそが、その科学的な問題を認識して啓発の旗を振るべきものですが、 依然として科学的リスクを看過して目の前の利益だけに思考が占拠されたとしたなら、それは自らの首を絞めるにとどまらず、 一蓮托生のごとく自国の生産界全てを巻き添えにしかねません。

いま私は、拙著 『サラブレッドの血筋』 第3版の原稿として、2016年から18年の3年間に開催されたGIに勝った馬の近交度合いを調査し、 生産国別に有意差があるか等の解析をしています。 世界のGIは年間約460あり、この3年間の開催数は1372ですが、その勝馬の中で2×3の強い近親交配馬は Enable のみです。 ちなみにこの解析は、拙著の既版で言及した近交値(こちらの25頁を参照)をベースにしていますが、 その中でも近交値が3.00以上の馬は Enable(値は3.43)と、米国産で2016年のスピナウェイSを勝った Sweet Loretta(値は3.03)のみでした。

著名馬に強い近親交配の馬がいると、サークル内ではそれに触発されるような空気が流れます。 例えば、先週の新馬戦を快勝したクールキャットという馬はサンデーサイレンスの3×3ですが、 もしもこの馬が今後、重賞を勝ってクラシックも勝ったならば、サンデーの3×3は全くもってOKという声がどんどん出てくるでしょう。 一方で、どんなに異系交配馬が活躍しても、不思議なことにそれを支持する血統論はなかなか出てこないのです。 参考まで、サンデーサイレンス産駒のGI馬の過半数は5代前までインクロスがなかった話は こちら に書きました。

全ては程度の問題なのです。当然のことながら、どんなパターンの配合だろうと一定数の良い馬は出ます。 例えば、商店街の歳末の福引を思い浮かべてみて下さい。いざ抽選券を握りしめて福引会場に向かうと、そこにはガラポン器が2つありました。 特等は赤玉だったとして、2つのガラポン器内の玉の総数は同じではあるものの、左のガラポン器には赤玉が10個入っていて、右のは5個しか入っていないことを、 懇意にしている商店会長に内緒で教えてもらっていたならば……、あなたならどっちを選びます??

ちなみに上記の解析の結果は、第3版の発行前の現時点では企業秘密なのですが(笑)、国別・地域別の近交値を見ると、欧州でも英と愛の平均値がかなり高く、 「Galileo の血に埋没する欧州」 で私が述べた懸念がそのまま数値に出てきています。

これは他人事ではないのですよ、日本の生産者の皆さん……。

(2020年6月27日記)

科学的啓発の必要性(その2)」に続く

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