Galileo の血に埋没する欧州
米国における種付頭数制限案については本コラム欄で繰り返し論じてきました。
しかし、ここでふと思うのです、真っ先にそのような方策が必要なのはどこの国 (地域) なのでしょうか?
こちら でも触れましたが、先月の凱旋門賞の日本馬以外の出走馬9頭中、なんと7頭は Galileo の血が入っています (仔が3頭、孫が4頭)。
このような状況を見て、特に欧州の生産者各位は何を想うのでしょうか?
後継種牡馬の Teofilo、New Approach、Frankel、Nathaniel なども堅調であり、「Galileo の血は凄いな」
……なんて指をくわえている生産者がこの期に及んでも多数を占めるのであれば、欧州生産界は急激に傾き始めても不思議ではありません。
「セントサイモンの悲劇」 から1世紀ですが、そのくらいの歳月を経ると、人の思考回路における「負の記憶」は完全に消去されてしまうのでしょうか?
「歴史は繰り返す」 ということなのでしょうか?
こちら の冒頭にも書いたとおり、今年の英ダービーを勝った Anthony Van Dyck も、仏ダービー (ジョッケクルブ賞) を勝った Sottsass も、
異父きょうだい(半姉)にGI馬がいます。あらためてですが、Anthony Van Dyck は父が Galileo、Sottsass は母の父が Galileo です
(Sottsass は上記の7頭中の1頭でもあり)。ミトコンドリア遺伝子は母性遺伝をすることなどから、私は母系の重要性を科学的に説いていますが、
このように種牡馬の質にとらわれずに複数のGI馬を産む繁殖牝馬を擁する母系は非常に貴重であるにかかわらず、そこに安直に Galileo の血を注入し、
遺伝的多様性低下の袋小路に誘導してしまうことは如何なものかと思ってしまうのです。確かに、ダービー馬を輩出できたのは Galileo の血の威力に拠る部分は多かったかもしれません。
しかし、遺伝子プールの在り方を中長期的に見据えた視野を持たず、そのような目の前の結果オーライの思考が蔓延してしまっていないでしょうか?
Beauty Is Truth (2004年愛国産) は、The United States、ハイドレンジア、Hermosa という3頭のGI馬を産んでいますが、全て愛国産で父 Galileo です。
また、You'resothrilling (2005年米国産) は、Marvellous、Gleneagles、ハッピリーという3頭のGI馬を産んでいますが、こちらも全て愛国産で父 Galileo です (カタカナ名は輸入馬)。
ついついこれら各馬のGI勝利は Galileo の威力のように言われがちです。しかし、しつこいほど別稿で書かせて頂きましたが、
繁殖牝馬が生涯に産める数はせいぜい10数頭なのに、複数のGI馬を産むこと自体がそもそも普通の話ではないのです。
そんな 「母の力」 を持つ系統に安易に Galileo の血を注ぎ込んで、将来の配合の選択肢を極端に狭めることにリスクを感じる生産者はどの程度いるのでしょうか?
確かに市場優先のこの世界ですから、生産者自らがそのように思っていたとしても、 Galileo という 「ブランド力」 が産駒の高値を呼び込むことは間違いないことから、
理想論ばかりでは成り立たないことは重々承知してはいるのですが……。
このような状況下、私がしつこいまでに論じている遺伝的多様性の低下について、最も惨憺たることになるのは、もしかしたら日本でも米国でもなく欧州なのではないか?
……と思い始めているのです。前回 、「櫛の歯構造」 という地理的特徴が日高を一枚岩にさせる足かせとなっている話を書きましたが、
欧州はご存知のとおり英国のEU離脱問題にいまだ政治的出口が見えない状態であり、
これを見ても、特に欧州競馬界を牽引する英、愛、仏が一枚岩となって本件に対する何らかの方策を打ち出すなんて想像もできません。
「ジャージー規則」 にしても、これはまさしく英国の独善的思考に基づくものでしたし、仮に欧州の一国が今般の米国のような方策を施行したとしても、
周囲の国々が追随しなければ焼け石に水であり、何の意味も持ちません。
いずれにせよ、欧州にしても、日本にしても、米国にしても、その方向性を司る組織がどこまで遺伝学的造詣を深めて、
自らの生産界にくまなく科学的方策の意義を認識させられるかが鍵となります。
さあ、どこの国 (地域) が新しい施策を実践するでしょうか?
益々世界的にも競争が熾烈になるサラブレッドの生産界です。そのような実践に立ち遅れた国 (地域) が後塵を拝することになるのでしょう。
(2019年11月10日記)
昨日の仏GIのディアヌ賞(仏オークス)を勝った Joan of Arc の母は上記の You'resothrilling 。
つまりGI馬を4頭産んだことになり、あまりに凄すぎる偉大なる母です。しかしこれら4頭は全て父 Galileo であり、
これも Galileo のお蔭という空気が依然として支配してしまうのでしょうか……。
(2021年6月21日追記)
戻る