第4の胸騒ぎ
昨年8月、「ここからが正念場の日本の生産界」 で私は3つの胸騒ぎがあった旨を書きました。
そしてとうとう今般、新たな胸騒ぎを覚えるに至ってしまいました。
これを読んで下さっている皆さまの中で、一口馬主やPOGをやられている方は少なくないと思います。
その皆さまの所有馬ですが、エピファネイア産駒やモーリス産駒も少なくないと想像します。
そして、そのほとんど(全て?)はサンデーサイレンスの3×4なのではありませんか? 結論から言いますが、これが私の 「第4の胸騒ぎ」 です。
今年の新馬戦はまだ始まったばかりなのに、期待の新種牡馬モーリスの株がいきなり暴落のようです。
事前に花火を打ち上げ過ぎたきらいがありますが、ブエナベントゥーラ(母ブエナビスタ)、レガトゥス(母アドマイヤセプター)といった期待馬を含めて、
先週、先々週と10頭の産駒がデビューしたものの、まだ勝ち星なし。
ただ、もしも産駒成績が今後もいまいちであったにしても、モーリスの種牡馬としてのネガティブな評価はちょっと待ってほしい。その理由も含めて以下に詳述させて頂きます。
まず、現時点での社台SSのラインナップは30頭ですが、これら各種牡馬のサンデーサイレンスの血の持ち具合いを以下に見てみましょう:
<仔>…2頭
ダイワメジャー、ハーツクライ
<孫>…16頭
キンシャサノキセキ、ドリームジャーニー、リーチザクラウン、オルフェーヴル、リアルインパクト、ジャスタウェイ、キズナ、ロゴタイプ、サトノアラジン、ミッキーアイル、レッドファルクス、キタサンブラック、ドゥラメンテ、リアルスティール、サトノダイヤモンド、スワーヴリチャード
<曽孫>…2頭
エピファネイア、モーリス
<非サンデー>…10頭
ハービンジャー、ルーラーシップ、ロードカナロア、ノヴェリスト、ニューイヤーズデイ、サトノクラウン、ドレフォン、マインドユアビスケッツ、ブリックスアンドモルタル、レイデオロ
ご覧のように、3分の2の20頭がサンデーサイレンスの血を持ちます。そして、直仔の2頭は論外として、
過半数の16頭もいる孫たちがもしも日本の生産界に溢れている同じ孫の牝馬と交配すれば3×3となってしまうため、大半の生産者はこれを避けているのが現状です。
そうすると、そのような牝馬の相手をする種牡馬を選ぶとすると、まずは非サンデーの中から検討すべきものだと思うのですが、
なかなかそうもいかない諸事情は多々あるのでしょう。
ところで、46頭いるディープインパクト産駒のGI馬のうち3×4以上の濃いインクロスを持つ馬は、ヴィルシーナ、ヴィブロス、サトノダイヤモンド、シンハライトの4頭のみであり、
12頭いるキングカメハメハ産駒のGI馬の中ではレッツゴードンキとレイデオロの2頭のみでした。
さらに、いま手許にある 『Gallop臨時増刊 丸ごとPOG 2020〜2021』 に掲載されている社台系の 「サンデー」「キャロット」「シルク」「社台」「GI」
の2歳馬リストにある主要種牡馬の産駒のうち、3×4以上のインクロスを持つ馬の数を調べたら、以下のとおりでした(分母は総数、分子は該当数):
ディープインパクト: 1/33 (3%)
キングカメハメハ: 5/24 (21%)
ハーツクライ: 1/21 (5%)
ダイワメジャー: 3/13 (23%)
ハービンジャー: 1/15 (7%)
ロードカナロア: 1/30 (3%)
ルーラーシップ: 0/20 (0%)
オルフェーヴル: 4/18 (22%)
キズナ: 2/8 (25%)
ドゥラメンテ: 4/24 (17%)
エピファネイア: 18/18 (100%)
モーリス: 27/33 (82%)
エピファネイアとモーリスの値を見て下さい! この数字には思わず絶句しました。想像もできませんでした。完全に常軌を逸していますね……。
言わずもがなですが、これらエピファネイア産駒の18頭、モーリス産駒の27頭は、全てサンデーサイレンスのインクロスが入っています。
前回、モーリスのブランド価値アップの戦略がなされているであろう話を書きましたが、私から見たら、上記はそれに逆行しかねない行為です。
社台Gにより海外からこぞって輸入された名牝は、こぞってサンデーの孫たちに回されるのが実際でしょう。
その一方で、3×4を依然として好意的に受け止めてしまっているサークル全体の空気に乗じて、
曽孫であるエピファネイアやモーリスは、深慮なくサンデーの孫牝馬軍団の受け皿にされているのではないでしょうか?
仮に私がセレクトセール等に参加するバイヤーだったとして、または一口馬主へ出資するささやかなファンのひとりだったとして、
目に留まった馬の身のつくりやこなしがこの上なく素晴らしかったとしても、
まるで何かの一つ覚えに基づくかのごとく工業製品のように量産されたサンデーサイレンスの3×4を持つ馬であったなら、
いまは手を出す気には全くなれません。
「デアリングタクトがいるじゃないか!」 という声もあるでしょう。
しかし、別稿で何度も書いているように 「生物」 には絶対はありませんので、このような一流馬がいることに何ら不思議はありません。
いずれにしても、現時点でエピファネイア産駒の重賞勝ちはこの馬だけです。
こちら ではエピファネイアの種牡馬としての可能性の高さについて書いた手前もあり、
もっと真摯に配合を考えたてあげたならもっと重賞勝ち産駒がいたのではないかとついつい思ってしまうのです。
モーリスにしても、このような理不尽な配合を強いられてのことであり、そんな状況下で種牡馬としての資質を論じるのは全くもって論外です。
初年度のモーリスの交配相手を見ると、三流の板前が旬の素晴らしい食材をたくさん集めさえすれば自ずと素晴らしい料理ができあがると錯覚しているのと全く同じです。
第3の胸騒ぎとして挙げた 競走馬理化学研究所の研究者各位の論文 のとおり、
既に日本の生産界における遺伝子構成が偏り始めています。これは、血統表で読み取れる○×○のような数字の範囲外からもリスクが迫っていることを意味します。
そうです、以前 こちら でも書いたニシキヘビ型のリスクがそこまで来ているということであり、もしもモーリス産駒が今後も不振なら、
また、デアリングタクトに続くエピファネイアの孝行産駒がなかなか出てこないようなら、ニシキヘビに既に巻きつかれ始めているということなのかもしれません……。
「サンデー孫牝馬」 を所有する生産者は、その交配相手に 「サンデー孫種牡馬」 を選ぶことはまずは避けるでしょう。
しかしその反動で、まるで堰(せき)を切ったように 「サンデー曽孫種牡馬」 を選んでしまってはいませんか?
モーリスやエピファネイア以外の、つまり社台SS以外でけい養されているサンデー曽孫種牡馬の交配相手およびその産駒成績も、今後しばらくは注視する必要がありそうです。
それにしても、社台Gの感覚がどうもおかしい。モーリスのブランド価値アップの手法自体もあまりに姑息であり、
前回 の冒頭に書いた名牝軍団たるシーザリオ、ブルーメンブラット、リトルアマポーラ、レジネッタ、ブエナビスタ、マルセリーナ、ヴィルシーナ、
ジェンティルドンナ、ハープスター、レッドリヴェール、シンハライトの11頭(レガトゥスの母アドマイヤセプターも入れれば12頭)のうち、
再度モーリスを交配したのはレッドリヴェールのみという事実は、いったい何を意味するのでしょうか?
本コラム欄では社台Gについてはちょっと辛口なことも書いてきましたが、
けれどもそれは日本の競馬界、その中でも生産界をさらに牽引してもらわなければ困るリーディングブリーダーに対する遠回しな期待と応援でもありました。
また、ノーザンFの成功は深い科学的探究の成果だろうという趣旨も何度か書いてしまいましたが、しかし上述のとおり、
この期に及んでうわべを取り繕った単一思考に基づくような配合が散見されることから、残念ながらそれにはかなりの疑問を抱くに至りました。
あまりにブランドに基づくマーケティング戦略のみに頼ってしまったような気がするのです。
ポストサンデーサイレンス、ポストディープインパクトの現在、以上のようなことから、社台Gはかなりの焦りを感じているように見受けます。
このような様子が、私には、何か日本の生産界の勢力地図が一気に変わっていく兆候のような気がしてならないのです。
(2020年6月19日記)
改めて社台SSのウェブサイトを見るとイスラボニータがいて全31頭ですね。確認したつもりだったのですが……。よって、サンデーの孫の数は17です。
(2020年9月26日追記)
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