母系
前回書いた「父系」に呼応するかたちで、今回の標題は「母系」です。
私は、母性遺伝をするミトコンドリアの遺伝子等に絡めながら母系の重要性を説いているのですが、
これについてはいままでどのように皆さまに発信してきたのかを再確認する意味を含めて、本コラム欄に書いてきたことの棚卸しをしてみることにしました。
まず、生物学的な話は、「特定の牝系が優秀であることへの科学的探究 」
「ミトコンドリアの遺伝子」「女性の長生きとミトコンドリア 」に書きました。
そして「小説 『ミトコンドリア……偉大なる母の力』」のようなものも恥ずかしながら書いてしまいました。
なお、上記の「ミトコンドリアの遺伝子」では以下のような仮説を掲げました。
「Urban Sea は、優秀なミトコンドリア遺伝子(以下@)を持っていたと同時に、これを的確に活性化させる核の遺伝子(以下A)も持っていた。
Galileo や Sea the Stars は、Urban Seaから@もAも授かったが、@は産駒に授けることは不可能である一方、Aは産駒に授けることができる。
つまり、母系が優秀で産駒成績が優れている種牡馬は、自身の交配相手が持つミトコンドリア遺伝子と有意義に『協働』するような、
自身の母から授かった遺伝子を産駒に授けているのではないか?」
これを受けて書いたのが「名牝を母に持つ名種牡馬(その1)」で、さらにこれと同様の要旨ながら今年4月のキャロットクラブの会報に
「シーザリオの血に流れる偉大なる母の力」と題したものを寄稿しました(こちら)。
他方、「なぜ特定の牝系から多くの活躍馬が出るのか?」と題したシリーズを、(その1)、(その2)、
(その3)、(その4)、(その5)、(その6)、
(その7)、(その8) と書いてきたのですが、ふと気づけば、(その8)
を書いてから2年も経っており、そのあとが続いていないのは、取りも直さず言いたいことをほぼ言い切ってしまったという我が想いなのかもしれません。
上記の (その1) で書いたとおり、母系(牝系)の探究は、各ファミリーに関する膨大なデータの対処を要するわけで、
まさしく蟻地獄にはまることだということです。ところが、そんな蟻地獄でもがき続けると、ある時点でそれはとても意義深いことだと気づき始めるのです。
例えば、私は今世紀生まれの世界の全てのGI馬を網羅した母系樹形図を作成しており、拙著『サラブレッドの血筋』に掲載しているのですが、
その樹形図作成作業をしていると「我が母系樹形図(その2)」にも書いたように、
違う種牡馬を相手にも複数のGI馬を産む牝馬があまりに多いことに驚くのです。
なお、上記 (その5) および (その6) ではサートゥルナーリアを例にして、
父が違うことを論じることにそれほどの意味を持たないようなことを書いたことはちょっと行き過ぎだったかな……と若干の反省もありますが、
そこに書いた大要には特段の修正はありません。ちなみに上記 (その8) で書いた「1着馬: 祖母がGI馬」はコントレイルであり、また、
「5着馬: 祖母と3頭の伯父(叔父)がGI馬」は先週のジャパンカップでコントレイルの2着に来たオーソリティで、
つまりそこに書いた「祖母」こそシーザリオであり、「叔父」の1頭がまさしくサートゥルナーリアです。
今年を振り返ると、年初にまず書いたのが「それでもディープインパクトなのですか?(その1)」です。
そして、すでに偶像化したディープインパクトにネガティブな言葉を投げることはタブー化していることもあり、
「天下無敵のブランド(その1)」のようなことを書くと、「天下無敵のブランド(その2)」
に書いたようなことを言われてしまうわけです。
以上、これらのことを総合的に鑑みると、著名種牡馬のブランド力もその交配相手たる繁殖牝馬の底力があってこそであり、
こちらの記事 を例に、
海外の繁殖牝馬のセールに関する現地の記事にもしばしば日本のブリーダーのアグレッシブな購買の話が取り上げられますが、
これこそ「巨大な自転車操業」に書いた話です。
「明治時代から続く小岩井の牝系」に書いたところのレイパパレをはじめとして、
ブリーダーズカップ・ディスタフを制覇したマルシュロレーヌのような日本古来の母系の馬の活躍を見ると、
どうしてもその母系に流れる底力なのではないか?……ともついつい思ってしまうのです。
そのような「底力」への科学的探究は、確かな出口が見つからずにそれこそ蟻地獄での悶絶もどきに苛まれることもありますが、
幸か不幸かそれが私のライフワークと化してしまったため、これからも粛々と続けて参ります。どうかあたたかく見守って下さい(笑)。
(2021年12月5日記)
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