女性の長生きとミトコンドリア

数日前、叔父(母の弟)の突然の訃報が入りちょっとばたばたしたのですが、このコロナ騒動のため、葬儀への参列はとりあえず自粛することになりました。

私の父は10人きょうだい、母は7人きょうだい(大戦の爆撃で絶命した長姉を入れれば8人)で、数だけ見れば何か馬のファミリーのようですが、ふと、 その母方の伯父・叔父・伯母・叔母、そしてその伯母・叔母から生まれた従兄弟・従姉妹たちと私は、 もしもサラブレッドなら同じファミリーナンバーで、同じミトコンドリアのDNA(遺伝子)を持つんだなと、訃報を聞いた頭の中で不謹慎なことを考えてしまいました。

さらにその不謹慎の延長でいま、『ミトコンドリアのちから』(瀬名秀明・太田成男 新潮文庫)をパラパラとめくっているのですが、 この著者の一人である瀬名氏は、こちら でも触れた葉月里緒菜さんが主演で映画化もされた 『パラサイト・イヴ』 というSF小説の著者でもあります。

その 『ミトコンドリアのちから』 の 「第6章 老化とミトコンドリア」 に、「女はなぜ男よりも長生きか?」 という一節があります。 同じ哺乳類であるラットやマウスの場合、よりよい環境を与えると雌は15%も雄より長生きするとのことですが、これは、 雄のミトコンドリアDNAは雌のものに比べ4倍も遺伝子を傷つける 「酸化」 が起こっているらしく、どうもそれと深い関係があるようなのです。

日本人のミトコンドリアのDNAを調べると、縄文人か弥生人のいずれかの系統に分かれ、或る調査によれば、長寿に関しては縄文系に分があるようで、 長寿の双子姉妹で有名だった「きんさんぎんさん」も縄文系に多く見られるDNAの型を持っていたとのことでした。

ところで、長距離ランナーのミトコンドリアDNAを解析したところ、彼らに比較的多いDNAの塩基配列があることが分かり、その配列は鳥類の配列と同じだったとのことです!  鳥類の細胞は遺伝子損傷を引き起こす活性酸素を作りにくく、長距離ランナーにも相通ずるものがあるのかもしれないとのこと。 梅雨時は、我が地元の駅の軒先にはツバメが多数巣をつくり雛がとても可愛いのですが、そんな健気な小さな生物が休みなく大海原を渡っていくことを考えると、 鳥類の細胞が特別な仕様であること、そしてそんな仕様を長距離ランナーも生まれつき備わっていることも、十分に想像できるのです。

そして、母親からしか授からないミトコンドリアDNAであり、究極のアスリートたる 「競走馬」 の母系の重要性と深く関連する話です。

皆さんは 「ミトコンドリア・イヴ」 という言葉を聞いたことがありますか?  1987年、分子生物学の権威であったカリフォルニア大学のアラン・ウィルソン教授らが科学雑誌 『ネイチャー』 に発表した論文は、 世界各地の現代人のミトコンドリアDNAを採取し解析したところ、20万年前にアフリカにいた一人の女性を母系共通祖先としているという衝撃的な内容でした。 つまり、あなたも、私も、外見的に明らかに我々とは違う別の大陸の人たちも、それぞれが自分のお母さん、そのお母さん、そしてそのお母さん ……と延々とさかのぼれば、み〜〜〜んなこのアフリカ女性にたどり着くというセンセーショナルな説がミトコンドリア・イヴです。

ミトコンドリアDNAは核DNAに比べ突然変異率が10倍程度高いと言われることから、その子孫が移り棲んでいった地球上の各々の大陸や地域で個別の変異が蓄積した結果、 個々の型を持つに至りました。 このことは、人間に限らず、現代の全てのサラブレッドの母系もミトコンドリア・イヴのようにもともとは1頭の牝馬を起源とし、 その分枝であるファミリーごとに遺伝子が個別に変異したのかもしれません。

それにしても、こちらこちら にも書いたようにY染色体は、 男(雄、牡)という性を決定する遺伝子以外に有用な遺伝子をあまり持たないこと、進化の過程で縮小していることも考えれば、 生まれる前からすでに勝負ありということなのですよ……。

(2020年8月23日記)

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