ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?
その言葉を使う人の間で多少ニュアンスに差異はあるでしょうが、名牝に名種牡馬を付けることを俗に 「ベスト・トゥ・ベスト」 と言うようです。
ところで毎年、新馬戦が開幕する頃になると、兎にも角にも 「良血馬」 が話題となります。
そして、「この馬は、父親と母親のGIタイトルの数を合わせると○個であり……」 というようなセリフも耳にすることがありますが、しかしです、
この上なくスペシャルにエクセレントで、どこかの映画監督が 「ナイスですね!」 と思わず言ってしまうような配合で生まれてきたのに、
期待したほどではないなと思った馬も少なくないのではないでしょうか?
過日の新馬戦で超名牝から生まれたディープインパクト産駒が期待を裏切って着外に敗れたのを見て、そんなことをあらためて思ってしまったのです。
確かに、そのような超良血と言わしめる馬は絶対数が少ないので統計的観点からは母数が少なく、また確固たる判断指標もないことから、
総合的に期待値に達していないとは即座には言い切れません。けれども、それにしても、選りすぐりの名馬同士の配合が本当に 「ベスト」 と言えるものなのでしょうか?
例えば、私たちの日常の食事を想像してみましょう。よっぽどのベジタリアンではない限り、野菜ばかりのメニューが何日も続けば活力も出ませんし、うんざりしてきますよね。
その一方、貴方がいくら肉好きだったとしても、来る日も来る日もステーキばかりをこれでもかこれでもかと出されてはこれまたうんざりするでしょうし、
栄養も顕著に偏りが出て、体調もおかしくなってしまうでしょう。
俗に言う 「ベスト・トゥ・ベスト」 の配合とは、その父方にも母方にも既に幾重にも名血が上塗りされているわけでもあり、
繰り返し繰り返しステーキを食べ続けるのと似たようなものなのではないでしょうか?
ところで、こちら でも触れた我が息子の高校の教科書 『スクエア 最新図説生物』(第一学習社)を息子に無断で再びめくってみたのですが、
ご覧のとおり、様々な作用を及ぼす遺伝子が各々の特徴を示しながら生体内で働いているわけです。
ここでふと、ベスト・トゥ・ベストと言われるような配合において主役と目されている自己主張の強い遺伝子が、この教科書に載っている 「抑制遺伝子」 だったら??
……と思ってしまったのです。
ベスト・トゥ・ベスト(と言わしめる配合)で生まれた馬の父と母である名種牡馬と名牝が特異的に保有する遺伝子は、自己の生体の能力をあまりに強く主張するがゆえに、
他の遺伝子を抑制してしまう作用も顕著だった……なんてこともあるのかもしれません。
われわれの社会においても、我(が)の強い者同士が同じ組織に共存できないように、自己主張の強い類似の遺伝子同士では相乗効果どころか相加効果さえなく、
互いにその能力を潰し合っているなんてことも十分に考えられます。
結果、そんな配合で生まれてきた馬において、父方と母方のそんな遺伝子が互いに作用を相殺し、結果として鳴かず飛ばずの成績に終わってしまう
……なんてことも、なきにしもあらずのような気がするのです。
日本料理だって中華料理だってフランス料理だってイタリア料理だって、メインの食材の風味を邪魔せず最大限に引き出すために、
その脇役たる素材や隠し味をちりばめることにより、唯一無二の「深さ」が創出されるのです。
ベスト・トゥ・ベストと安直に言われるような配合は、どうもその相性を鑑みることなく、素晴らしき食材たる肉、魚、野菜を一緒に鍋に放り込んで、
エイヤーッと炒めれば、自ずと素晴らしき料理ができあがると思い込んでいるようなものではないでしょうか?
松茸とトリュフと松阪牛とフォアグラとイクラとキャビアを全部一緒に口の中に放り込んだら、どんな味がするのでしょう?
レストラン 「セレクト」 のメニューはそんな料理が少なからず毎年更新され、そして、(自称)美食家の方々は条件反射でそんな料理に舌鼓を毎年打ち続け、
信じ難い高値をなぜか自らが決め、挙句の果てはそれを喜々と支払っているのではないでしょうか???
ちなみに、あらためて上記の我が息子の教科書を見て頂きたいのですが、われわれが普段からよく口にする 「ニックス」 とは、父方と母方の遺伝子のブレンド効果であることから、
或る意味で、こちら でも詳述させて頂いた 「補足遺伝子」 の概念であることもお分かり頂けると思います。
つまり、こちら でも書いた1908年のイギリスのダービーとオークスを制したシニョリネッタ(Signorinetta)こそ、
そのようないくつもの補足遺伝子が体内で協働したことによる究極の成果だったのかもしれませんね。
単にネームバリューのある馬同士を掛け合わせれば、そこに確かなものが創出されると安直な錯覚を抱いていませんか?
「ドイツの血筋」 で書かせて頂いたところの 「隠し味」 を出す素材こそが、もしかしたら究極の補足遺伝子なのかもしれず、
真の 「ベスト」 を追及するには常に多角的な視点を持つ必要があるということなのでしょう。言うは易しではありますが……。
(2020年8月15日記)
戻る