隠し味のような血の意義

クロフネが死んだとのこと。ご存じ私は世界のGI馬を網羅した母系樹形図を書いていることもあり、そのGI馬の加筆に当たって5代血統表には必ず目を通しているのですが、 クロフネの母の父たる Classic Go Go の名は一度くらい見たことがあったかなという程度であり、つまり全くの無名種牡馬ということです。 そこで、このような隠し味的な血にはなんらかの確かな意義があるのではないか?……とあらためて思ってしまいました。

ウィキペディアを見てみると、クロフネは先ずピンフッカーが購買し、その後に今度は吉田勝己氏が落札したようですが、ここでふと思うのです。 もし、このように母の父が全く聞いたこともないような無名種牡馬たる若駒がセレクトセールのような著名市場に出てきた場合、 その馬体や身のこなしが限りなく素晴らしくとも、当該セールで常連となっているようなバイヤー諸氏は触手を伸ばすことがあるのかと。

人気種牡馬の年間種付頭数が極端に増えた近年ゆえ、母の父どころか血統表の全てがブランド価値抜群の種牡馬の名前で埋め尽くされている馬ばかりとなりつつあり、 仮にクロフネのような馬が上場されたとしても、主取りとなるのが関の山かもしれません。

いずれにしても、種牡馬の評価がたった1頭の活躍産駒のお蔭でいとも簡単に変化し、そしてその変化にたやすく影響されるバイヤーの嗜好ですから、 これに対してマーケットブリーダーは常に敏感にならねばなりません。 そうすると、とくに巨大マーケットブリーダーがこれらバイヤーの顔色ばかりに気を取られると、生産界を取り巻く遺伝子プールの組成にも影響を及ぼしかねないのです。

ところで、近親交配(インブリーディング)とは、或る特定の祖先が父方にも母方にも存在する場合に、 その祖先が持つ同じ遺伝子を父と母から並行して授かることにより何らかの効果を期待する行為です。 その「効果」はプラスの意味もマイナスの意味も含む「諸刃の剣」だと別稿では何度も書いてきましたが、 その産駒の健常性を脅かすマイナスの効果は、父と母からダブルで同じ遺伝子をもらったことにより、そのダブった遺伝子同士が相互に足を引っ張り合うことを意味します。

他方、もしも一流の種牡馬が持つ一流の遺伝子と、一流の繁殖牝馬が持つ一流の遺伝子は、お互いに 「ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?」 でも書いたような「抑制遺伝子」のようなものだったら、どうでしょうか? これは、インブリーディングの弊害(負の作用)と相通ずるものがあります。

近親交配(インブリーディング)とは何か?(その6)」で触れた競走馬理化学研究所の研究者諸氏の論文においても、 昨今の日本の生産界における遺伝的多様性の低下の理由として、配合相手の模索において特定の競走成績ばかりに着目し、 その結果として特定の人気種牡馬ばかりがもてはやされることを仮説に掲げています。 つまり、表面上(血統書上)は異系交配(アウトブリーディング)で生まれた馬であっても、 インブリーディングの弊害を受けている馬と似たり寄ったりの遺伝的効果を受けているかもしれないのです。

種牡馬のみならず繁殖牝馬にしても近年は類似の血の蔓延ということから、 「巨大な自転車操業」に書いたような海外名牝をたくさん輸入すれば事業は転がっていく時代はもう終わりに近づいていると私は考えます。 そんなことをつらつらと考えていると、「ドイツの血筋」に書いたような隠し味たる血の意義が益々高まってくるような気がしてくるわけです。

昨年12月にチャレンジCを勝って土つかずの5連勝中のレイパパレは、ホープフルSやCBC賞を勝ったシャイニングレイの全妹ですが、 その母系は明治40年に小岩井農場が輸入したフロリースカップの系統です。そうです、スペシャルウィーク、メイショウサムソン、ウオッカ等と同じです。 また、先週の日経新春杯を勝ったショウリュウイクゾの母系も、シンザン、タケホープ、そして最近のGI馬ではホエールキャプチャがいる、 これまた明治40年に小岩井農場が輸入したビューチフルドリーマーの系統です。 そんな日本古来の母系たるレイパパレやショウリュウイクゾが、海外の超名牝をこれでもかと輸入しているノーザンファームの生産馬ということに、 さすがに隠し味のような血の意義について気づいているのかな? 学者とタイアップして何らかの確かなデータを得ているのかな?……などと思ってしまうのです。

ふと、明治40年ってどのくらい昔かと頭の中でタイムトラベルしてみたのですが、 私が物心つく前から既に(農作業に明け暮れたために)腰が曲がっていた我が祖母が明治38年生まれだったのを思い出し、 そんな時の流れの中で育まれてきた在来系統なのかと妙な感動を覚えながら、その「いにしえ度」を実感したのです。

そういえば、スペシャルウィークも、メイショウサムソンも、ウオッカも、ホエールキャプチャも、非社台の生産馬ですね。 そんなことを考えると、ノーザンファーム(ひいては社台グループ)が敢えて現在所有している日本古来の母系の繁殖牝馬が産んだ仔は、ちょっと注目すべきかもしれませんよ!

しかし、そんなノーザンファームはやはり「お客様第一」のマーケットブリーダーであるわけですから、また、その組織の規模が幸か不幸かいまなお膨張しているわけですから、 例えば配合方針について別な方向に舵を切りたくなったとしても、巨大客船が進路変更時に小回りが利かず非常に大きな曲線を描かざるを得ないように、 たやすいものではないのでしょうね……。なんとなくそんなジレンマも垣間見れるのです。

(2021年1月24日記)

戻る