「サラ系」の真価を見出せなかった日本の競馬界

一昨年の秋華賞、そして今年の英国GIナッソーステークスを勝ったディアドラのファミリーナンバーは数少ないB3です。 この 「B」 はブリティッシュナンバーと呼ばれ、1969年に英国の半血種(つまりサラ系)がサラブレッドに認められたものです。 ロジユニヴァースやメジャーエンブレムもB3族です。

同様の例では 「A」 が頭文字につく米国系統由来のアメリカンナンバー(A4族のワンアンドオンリー、A13族のストロングリターン等)、 また、オセアニアや南アフリカの系統由来の 「C」 が頭文字につくコロニアルナンバー等があります。

ところで、牝系の資料としては現時点で世界で最も権威ある(?)のが、 2004年発行の英文で書かれた 『競走馬ファミリーテーブル(第4巻)』(サラブレッド血統センター編集 日本中央競馬会・日本軽種馬協会)ですが、 ダービー馬のヒカルイマイ、皐月賞馬のランドプリンス、有馬記念馬のヒカリデュールといった名が掲載されていません。 説明するまでもないですが、彼らは 「サラブレッド」 ではない 「サラ系」 だからです。 「サラ系」 の定義については、例えば、こちらのウィキペディア 「サラブレッド系種」 に書いてあるとおりです。

しかしです、「完全な血統書など存在しない(その1)」 にも書かせて頂いたとおり、現在の超一流馬の血統にしても、ほんのちょっと遡れば穴だらけで、 完全な血統記録などどこにも存在しません。「THOROUGH(=完全なる)BRED(=血筋)」、つまり 「サラブレッド」 と命名した人は、 その記録が瑕疵(かし)だらけの状況を重々認識していたからこそ、「純血種」 であると関係者を敢えて洗脳するためにこのように命名したものと私は思っています。 つまり、現在の全世界の 「サラブレッド」 の血統記録は、日本でぞんざいに扱われた 「サラ系」 の馬たちのものと殆ど変わりないのです。

例えば、「完全な血統書など存在しない(その1)」 でも触れた1970年代から80年代にかけて活躍馬を多数輩出した種牡馬ネプテューヌスですが、 『日本の種牡馬録1982年版』(サラブレッド血統センター)にあるその5代血統表を見てみると、なんと、母の父の欄は 「Tornado or Victrix」 と記載されているのです ("Tornado or Victrix" とは1頭の馬のフルネームではありません!)。 さらに、凱旋門賞を勝ち種牡馬として輸入されたラインゴールドの母の父 Supreme Court の父は、これまたびっくり、「Persian Gulf or Precipitation」 となっています。 これらを見ると、「サラ系」 がどうとか言うこと自体が虚しくなってきます。 言わずもがなですが、今日の書物やウェブサイトにおけるこれら各馬の血統記録からは上記のような記載は全く見つけることはできません。

このような事実を横目で見ると、現在のサラブレッドの父系を遡れば1700年前後の3頭のいずれかに辿り着き、その9割超はダーレーアラビアンを父祖としている…… などという 「おとぎ話」 を信じるのは、クラブの美人ホステスに 「心から想っているのは貴方だけよ……」 と言われて、疑いもなく信じてしまうことと何ら変わりはありません。 DNA鑑定などという科学的手法が確立したのはたかだか20世紀の終わりであって、当時は交配種牡馬など全ては自己申告だったわけであり、ハッタリで堂々と申告した者の勝ちだったわけです。 遺伝の法則上、この両親からこの毛色が生まれるはずがないというような例も、『競走馬ファミリーテーブル』 にはいくつも見つかります。

「サラブレッド」 ではない 「サラ系」 であろうと、レースへの出走権利に制限はなかったはずです。 「血統の一部が不明」 と 「能力が劣っている」 とは全く無関係です。例えば腕時計。 もしも 「頑丈で長寿命で正確に時を刻む」 ということだけにその価値を特化して考えた場合においても、 依然そのデザインやブランドに購買思考が左右されてしまうようなものでしょう。 ウィキペディアに書かれれているヒカリデュール の扱いなど、残念ながらその典型です。

サラ系の代表といえば、1895年豪州産のミラ。第1回の東京優駿(日本ダービー)を勝ったワカタカをはじめ、 その母系からはヒカルイマイ、ランドプリンス等の名馬が数多く出ています。 彼女の血統記録に空白部分があったなら、それこそハッタリで適当に記入しておけばよかったのに……なんてことを、 現在において堂々と 「サラブレッド」 と呼ばれている各馬の状況を眺めると思ってしまうわけです。

ブリティッシュナンバーやアメリカンナンバーのように、今からでも 「遡及的に」 ジャパニーズナンバー付与に向けて何かできないものか?  いや、ミラは豪州産だからコロニアルナンバーに加えてもらってもいいかもしれない!  確かに 「サラ系」 の馬に8代続けて「サラブレッド」が交配され、然るべき手続きを経れば、その子孫は 「サラブレッド」 と登録されるのかもしれませんが、 しかし、ヒカルイマイをはじめとする過去の馬たちは依然 「サラ系」 のレッテルということにやりきれなさを感じるからです。

私自身、会社勤めを終えて、もう少し時間が持てるようになったら、「サラ系」 に関するノンフィクションを書きたいなんてことも思ってしまったところです。

(2019年11月17日記)

あらためて 『競走馬ファミリーテーブル』 のコロニアルナンバーの頁をパラパラと見ていたのですが、 その 「C」 が頭文字の各ファミリーの始祖の生年を眺めてみると、19世紀後半の例も少なくありません。つまり、これら各ファミリーもそれ以前の血統記録は無いわけであり、 1895年生まれのミラを始祖とするファミリーに新たにナンバーを付して、 遡及的にヒカルイマイやランドプリンスも 「サラブレッド」 と認定されるようにするのはどうでしょうか?

一方、ヒカリデュールはバウアーストック系です。バウアーストックの血統が不明ということで、その子孫も 「サラ系」 となりましたが、 ふと こちら を見ると、バウアーストックの血統はきちんと記載されているではないですか!  もしもこれが確かならば、こちらも立派な 「サラブレッド」 として認められるべきような気がします。

以上、如何でしょうか? ご意見を頂戴できれば嬉しいです。

(2019年11月18日追記)


いずれにしても8代以内に血統不明の馬がいれば「サラブレッド」ではないとされる限り、 残念ながらヒカルイマイやランドプリンスは遡及的にもサラブレッドと見なされることはないのでしょう……。 しかしです、「完全な血統書など存在しない(その2)」および「完全な血統書など存在しない(その3)」 に書いた事実から、「サラブレッド」の定義に合致する馬は現世においても殆どいないのかもしれませんよ。つまり殆どが依然として「サラ系」なのかもということです!

(2021年7月12日追記)


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