バイアスのかかった遺伝子プール(その9)
「バイアスのかかった遺伝子プール」と題したものは (その1) から (その8) まで書きましたが、
今回はその続編です。
まず こちら をご覧ください。
これは、サラブレッド血統センターが毎年生産者等の関係者に頒布している非売品の『スタリオンレヴュー』の2024年版からの抜粋であり、
サートゥルナーリアの昨年(2023年)の交配相手のリストです。
黄色がサンデーサイレンスの3×4、桃色が4×4のインクロスであり、交配総数201のうち、サンデーサイレンスのインクロスのパターンは130(=65%)でした。
ただし、この201頭中の内国産牝馬(持込らしきものは除く)は135頭であり、そのうちサンデーのインクロスとなるのは128頭(=95%)であったのです。
この95%という極端な数字、これこそいまの日本の生産界を如実に物語っていませんか?
2年前に書いた (その2) でもサートゥルナーリアの2022年の交配状況に触れましたが、
その時の数字と前記の数字を見比べると、サンデーサイレンスのインクロス率が上昇していることがわかります。
また、忘れてはならないのは、上記はサンデーのインクロスにだけ目を当てた話であり、これら配合の多くは、他のインクロスも同時に持っているということです。
4年前に書いた「名牝を母に持つ名種牡馬(その1)」の文末には、サートゥルナーリアは種牡馬として期待している旨を書きました。
しかし、以上のような究極にパターン化した配合ばかりを続けていると、種牡馬としての本当の価値を引き出せないのではないかという懸念が湧きます。
先日SNSを眺めていたら、或る日高の老舗牧場が、所有のオルフェーヴル産駒の牝馬にコントレイルを交配して受胎したとありました。
そこに添付されていたこの配合の5代血統表を見ると、サンデーサイレンスの3×4に加えてウインドインハーヘアの3×3となっているものすごい配合です。
コントレイルとオルフェーヴルという三冠の血同士の配合に対するその牧場の喜々としたコメントを眺めながら、
これが現在の生産界のインブリーディングに対するリスク感覚なんだろうな……とついつい思ってしまいました。
そこで生産者各位に訊きたくもなるのです。近交係数というものを理解しているのでしょうか? その配合で生まれ来る仔の近交度合いを把握しているのでしょうか?
3×3と3×4の近交効果の差はどのくらいで、3×3と3×4が同時に入ったら係数はどのようになるのか……などの理解がされているのかは甚だ疑問です。
前記のような配合が頻発すれば、生産界における遺伝的多様性は当然に低くなります。そして、そのような遺伝子プールにおいては、
3×4や4×4といったような一昔前ではそれほど濃いインブリーディングと見なされなかった配合でも、その影響を増強させてしまう懸念が高まります。
つまり、こういうことです。遺伝的多様性が低下している集団では、5代血統表上ではインクロスなしの馬でも、
さらに遡った8代血統表上では父方と母方の双方に同じ名前の祖先がたくさん出現する可能性が高まるのです。
これは、5代血統表ではインクロスがある馬よりも、5代血統表では完全アウトクロスの馬の方が実際は近交係数が高かったという例も多発しうるということです。
本コラム欄では「遺伝的多様性の低下に対する米国の方策」と題したものも (その1) から
(その7) まで書いてきましたが、まさしく上述が論点だということです。
(2024年4月9日記)
「バイアスのかかった遺伝子プール(その10)」に続く
戻る