完全な血統書など存在しない(その4)

ところで、「ディープインパクトの血統書に怪しい部分がある!」と言ったら、信じますか?

こちら はディープインパクトの5代血統表ですが、 その母の母の母の父の母は Jojo です。 この Jojo の5代血統表は こちら で、ご覧のとおり Jojo の父の父は Gold Bridge、 つまりディープの7代前の祖先の1頭がこの Gold Bridge なのですが、この馬の父は今日のいかなるデータベースにおいても Golden Boss となっています。 ところがですよ、以下をご覧下さい。

マタドア
スカイマスター
ゴールデンプルーム

上記は『日本の種牡馬録・1973年版』(白井透 サラブレッド血統センター)に掲載されているこれら種牡馬の5代血統表です。 これら各種牡馬の2代父は Gold Bridge ですが、その父の部分はどの種牡馬の血統表においても「Swynford or Golden Boss」となっているのです!  これは、Gold Bridge の母たる Flying Diadem に Swynford も Golden Boss も交配した結果に生まれてきたのが Gold Bridge で、 あとに交配した種牡馬の方が父親である確率が高そうだから、血統書もそのようにしておこう……ということだったのではないでしょうか?  当然ながらこの時代にはDNA鑑定などというものはなく、このような例がたくさんあったであろうことは容易に想像できます。

なお、本コラム欄では「完全な血統書など存在しない」と題したものは その1その2その3 と書いてきました。 その2 にも書いたとおり、2017年に発表された論文によれば、Y染色体上の遺伝子解析ではいくつかの父系記録の誤りが見つかり、 St. Simon 系の父祖でもあり Eclipse の仔とされている King Fergus は、どうも Darley Arabian 系ではない様子であり、 上記のマタドア、スカイマスター、ゴールデンプルームにしても、これら各馬はサイヤーライン上では The Boss の系統となってはいるものの、 実は Blandford と同じ John o’Gaunt の系統なのかもしれませんよ!

今回あらためてこの話を取り上げたのは、数日前に読み終えた島田明宏さんの『ノン・サラブレッド』(集英社文庫)に強い感銘を受けたからです。 「「サラ系」の真価を見出せなかった日本の競馬界 」で触れた明治時代に輸入された豪州産のミラ。 ご存知のとおり、この牝馬には血統書がなく、ミラを母系の祖とするファミリーには第1回の東京優駿(日本ダービー)を勝ったワカタカをはじめ、 ヒカルイマイ、ランドプリンス等の数多くの名馬がいるものの、これら各馬は「サラ系」という負のレッテルを貼られてしまったわけですが、 ミラの血統書の存在をほのめかすタレコミが展開するミステリーがこの島田さんの『ノン・サラブレッド』であり、 フィクションとノンフィクションを絶妙に織り交ぜた内容に我ながら引き込まれてしまったのです。

この『ノン・サラブレッド』にも書かれていますが、サラブレッドと認定されていない「サラ系」は、 8代続けてサラブレッドと配合された場合にはサラブレッドと認められる国際ルールがあります。 けれどもこれは、あくまでサラ系をサラブレットに「昇格」させる条件を謳った規定です。 いずれにせよディープインパクトは7代前の Gold Bridge に非常に怪しき血統記録があるものの、 Gold Bridge はどちらが父であっても父がサラブレッドということに違いはなく、つまり曲がりなりにも「サラブレッド」という御墨付きをもらえているわけで、 よってディープインパクトも何ら疑いもなくサラブレッドという御墨付きをもらえているわけです。 でも……、曖昧な血統の祖先がいながらまことしやかに作成された血統書よりも、分からないものは分からないと空欄がある血統書の方が、 「血統書」の本当の意味に合致しているのではないかとついつい思ってしまうわけで……。

ミラの末裔の現役馬では、例えばJRAでは現4歳牝馬のトウケイミラがいるようで、さらにこの馬の近親も調べてみると思いのほかミラを母系の祖とする馬がおり、 感動しております。ここでふと、思ってしまったのです。 一定の有志が集まれば、馬主や牧場にタテガミ採取依頼、研究機関にミトコンドリアDNA解析依頼をし、当時豪州にいたどの牝系なのかの目途をつけ、 その末裔現存馬のミトコンドリアDNAとの照合を行いながら、新たに調査すべき豪州における残存資料の見当もつけられるのではないか?……と。

どうです、「ミラのルーツを探求する会」のようなものをつくりませんか?

(2021年7月17日記)

完全な血統書など存在しない(その5)」に続く

戻る