偉大なる母の力

今回の表題「偉大なる母の力」は、拙著『サラブレッドの血筋』の第3版の副題です。 先日の菊花賞はアーバンシックが勝ちましたが、まさしくこの言葉が当てはまる好例でした。 私が今世紀生まれのGI馬を網羅した母系樹形図を作成しているのはご存じのとおりですが、こちら をご覧ください。 菊花賞直後にアーバンシックを加筆したものですが、思わず唸ってしまいませんか?

同年生まれのいとこにレガレイラとステレンボッシュがおり、つまり、ディープインパクトの半妹たるランズエッジが2012年から2014年に3年連続で産んだ牝馬が、 のちにGIを勝つ馬を2021年に綺麗にそろって産んだということです。

この3姉妹は、とびきりの競走成績を残したわけではありません。レガレイラの母のロカは、GVのクイーンCの3着があるものの、勝ったのはデビュー戦のみ。 アーバンシックの母エッジースタイルおよびステレンボッシュの母ブルークランズは、ともに3勝も重賞への出走は一度もなし。 それ以前に、この3姉妹の母たるランズエッジは未勝利馬ということに驚きます。

また、今般の菊花賞の3着に入ったアドマイヤテラの4代母はウインドインハーヘアです。このような事例をあらためて突きつけられると、 「母系」に書いたようなことを、生産界を中心にもう少し科学的に真剣に追究すべきのような気がするのです。 「〇〇系」の最後に書いた藤沢和雄氏の著書にあるくだりも看過できなくなるはずです。

日本におけるGI競走は年間 25 あります。 その中で、複数のGIを勝つ馬もいれば、2022年のウインマリリンのように海外の競走でGI馬となる馬もいますが、 とりあえず日本産の馬で新たにGI馬となる馬の数は年間 25 と仮定してみましょう。 すると、日本のサラブレッドの年間生産頭数を 8000 とした場合、日本産馬でGI馬となる確率は 0.3 %となります。 このことからも、ランズエッジの孫がそろいもそろってGI馬となることが、いかにすごいことかということです。

ところで、上記のランズエッジの孫3頭はすべてサンデーサイレンスのインクロスを持ちます。 レガレイラとアーバンシックは3×4、ステレンボッシュは4×4です。 すると、これら各馬の活躍はサンデーのインブリーディングの恩恵だというような言説もたくさん流布してしまっているのではないでしょうか。

いま『サラブレッドの血筋』の第4版での掲載に向けて、今年 JRA で 10 月 19 日までにデビューした1999頭におけるインブリーディングの状況を調査しているのですが、 これらのうちサンデーサイレンスのインクロスを持つ馬は 480 頭(24%)にのぼりました。つまり、ほぼ4頭に1頭です。 これが近年の日本で生まれた馬の現状であることから、これらランズエッジの孫たちがGIを勝ったのはサンデーのインブリーディングのお蔭と言うにはさすがに無理があるということです。 同じサンデーのインクロス持ちでも、鳴かず飛ばずに終わった馬がどれだけいるのかという話です。

ちなみに、こちら の記事は近親交配の弊害および配合検討ツールに関する話であり、 「Studies have found no link between genomic inbreeding and elite performance(近親交配と優れた能力に関連性は見出せなかった)」とあります。 この記事の内容については、追って論じたいと思っております。

今日の新馬戦で、アーモンドアイの初仔のアロンズロッドがデビューしましたが、単勝 1.4 倍の圧倒的支持を得ながらも、直線は前をとらえきれず4着に終わりました。 その一方で、このレースを勝ったパーリーラスターの3代母はオリエンタルアートということに、感慨深いものがありました。

(2024年10月26日記)

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