〇〇系
こちら は4日前に掲載された「競馬ブック」の水野隆弘氏のコラムですが、
日本におけるサイヤーランキングのトップテンで父系がサンデーサイレンス系のものは、キズナのみになってしまったとのことです(9月2日現在)。
「ブラックタイドの父系」にも書いたように、今後、キタサンブラック、イクイノックスのラインがどのようになっていくのかもあるでしょうが、
きついインブリーディングを避ける配合の模索もあり、サンデー系一辺倒のような状況ではなくなっていくのは当然と言えば当然でしょう。
その昔、「ノーザンダンサー系」という言葉は耳にタコができるほど聞きました。現在もノーザンダンサー系の著名種牡馬は少なからず存在しますが、
もはやこれら種牡馬を「ノーザンダンサー系」という言葉で修飾することはないでしょう。
Northern Dancer は半世紀以上も前の馬であり、それゆえに、この馬を父祖とする現在の種牡馬たちはいくつもの代を経た個体であるからです。
けれどもです。欧州のトップサイヤーとして長年君臨し、先月のヨークシャーオークスを勝った Content が産駒100頭目のGI馬となった Galileo は、
父 Sadler's Wells の比較的晩年の産駒であり、また Sadler's Wells も Northern Dancer の晩年の産駒であることから、Galileo はまだ Northern Dancer の孫です。
「父系」には、サイヤーラインの意義を唱えるのはせいぜいその遺伝子の25%を継承する孫の種牡馬あたりまでではないかと書きました。
それを敢えて反対解釈すれば、Galileo は依然として Northern Dancer の遺伝子を25%ほど持っているのですから、
「ガリレオの大活躍はノーザンダンサー系の威力だ」というような声があってもいいのではないですか? が、そのような言葉を耳にすることはまずありません。
まあ、いずれにしても「父」と「父系」は区別して考えるべきは、「牝馬はY染色体を持たない」に書きました。
ところで「○○系」と呼ばれる対象は、例外なく「父⇒父⇒父」と遡(さかのぼ)る血筋、または「母⇒母⇒母」と遡る血筋のいずれかでしょう。
それを前提に考えた場合、サークル内で名の通った血統論者が、父系の意義に言及しているのと同時並行で母系についても深く言及しているのを見かけると、
ちょっと首をかしげてしまうことがあります。
なぜなら、「中抜きサンドウィッチ」かのごとく血統表の最上段と最下段ばかりを見ているのではないかとも思えてしまうからです。
一般的な血統論議において、ややもすると血統表の最上段(サイヤーライン)と最下段(ファミリーライン)ばかりが注目されていることに、
「なぜ?」と思ったことはありますか?
父系の意義を主張する者は「父系」にも書いたように、「牡馬産駒の選抜強度」や「後継種牡馬としての選択圧」
のような理屈を一応は持ち出すことができます。
また、生物学的にはまったくの無理があるものの、こちら に書いたような山野浩一さんの「Y染色体説」を持ち出すこともできるでしょう。
その一方で、母系に注視する血統論者の言説において、科学的であるかにかかわらず、そこに何らかの理由を付したものは稀有ではありませんか?
父系・母系を問わず「〇〇系」という言葉は血統論議において溢れていますが、これこそ今回私が最も言いたかった点です。
ちなみに私は、「母系」にも書いたように、
生体のエネルギー源たるATP(アデノシン三リン酸)を合成する細胞内小器官たるミトコンドリアが、
独自に内包するDNA(遺伝子)は母親からしか授からない「母性遺伝」をすることに絡めて、母系の重要性を「仮説」として掲げていることはご存じのとおりです。
元調教師の藤沢和雄氏が2年前に出した『これからの競馬の話をしよう』(小学館新書)の第4章「『良血馬』の条件」の冒頭部分には、
「最近の研究では母系にしか引き継がれない遺伝子があり、3、4世代後に活躍馬が出てくる可能性もあるのだという」というくだりがありましたが、
べつにこれは最近判明した話ではありません。単に藤沢氏が最近になってこの母性遺伝を知ったということでしょう。
ただ、このようにでも名伯楽が言及してくれることは有難いことだと思っています。
(2024年9月8日記)
上記の最後に、母性遺伝する遺伝子の発見はべつに最近ではない旨を書きました。
一方で、こちら は拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』です。
ここには「ミトコンドリアの遺伝子は母性遺伝することが解明されたのは比較的最近の話です」と書きましたが、
これは、例えば19世紀にメンデルが遺伝の法則を見出した時から見れば、つまり世紀単位で見ればということであり、
藤沢氏が言う「最近」とは時間的意味合いがまったく違うことを念のため申し添えておきます。
(2024年9月26日追記)
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