ブラックタイドの父系

ジャパンカップの激走の映像がいまだ脳裡に焼きついている中、競走馬としてのイクイノックスはピリオドを打ち、 来年より社台SSで種牡馬生活を送ることが発表されました。 これを書いている時点で種付料はまだ公示されていませんが、父親のキタサンブラックと同額の 2000 万円とまではいかないまでも、 初年度からかなりの額が設定されることが予想されます。

父系というものに科学的意義は見出せない旨は、「牝馬はY染色体を持たない」や「父系」に書きましたが、 敢えてその父系という観点から眺めてみると、ブラックタイドは仔に顕彰馬たるキタサンブラック、 そして孫にこれまた顕彰馬に選出されるであろうイクイノックスを立て続けに出したことになるわけです。 全兄弟であるブラックタイドとディープインパクト。それぞれの競走成績、そして種牡馬としての評価には雲泥の差がありましたが、将来のサラブレッドの血統地図において、 あくまで父系という概念に立てば、その立場は逆転しているかもしれません。

このキタサンブラック、イクイノックスという偉大な2頭に思うのは、ともに母系はとびきりのものではないということです。 拙著の第7章(我が仮説)の中の「仮説(その3)……名もない母系から突然出現する名種牡馬」と題した小見出しで始まる箇所では、 キタサンブラックにはサンデーサイレンスと似たような部分があるのかもしれないという話を書きました。 「サンデーサイレンスとは何だったのか?」に書いたようなことが、もしかしたらキタサンブラックにもあるかもしれず、 さらにその息子たるイクイノックスにも似たようなものをついつい感じてしまいそうになるのです。

しかし、イクイノックスがこれだけの鳴り物入りでスタッドインとなると、ディープインパクトと同じように、当初から名牝ばかりが交配相手に選ばれるのでしょう。 その意味ではキタサンブラックとは少し状況が違うような気がします。 キタサンブラックの初年度の種付料は 500 万円で、一時は 300 万円まで値下がりしましたが、これは近親に特筆すべき馬がいないということのみならず、 ブラックタイドというGI馬ではなく種牡馬としてもとびきりの評価を受けていない馬の産駒だということもあったのではないでしょうか。 ゆえに、「隠し味のような血の意義」に書いた我が仮説に沿うかのごとくイクイノックスのような馬が出現したのかな?  などとも勝手な思考をふくらませてしまいます。

イクイノックスがキタサンブラックと大きく違うのは、父が偉大だということです。 そんな中、イクイノックスと同じシルクレーシングの所有馬であったアーモンドアイとの夢の配合の話がすでにサークル内で沸き上がっており、 「ベスト・トゥ・ベストの配合はベストなのか?」に書いたような懸念をどうしても抱いてしまうのですが、 杞憂に終わればそれはそれでこしたことはありません。

ところで、オルフェーヴルの種付料は来年も据え置きの 350 万円とのことで依然リーズナブルです。 これはマルシュロレーヌやウシュバテソーロのようなダート界の名馬輩出ということもあり、このような額に据え置くことで、 日高の中小の生産者にも幅広くその血を行き渡らせることができ、 かえってこの馬の真価を発揮する機会が広がる可能性があるという関係者筋のコメントを聞いたことがあり、 これも「隠し味のような血の意義」に書いたことと相通ずるものがありそうです。 そういう意味では、もしもオルフェーヴルがキタサンブラックのようにイクイノックス級の馬を出してしまったなら、このような種付料に留まるわけもなく、 上記のような血の流通機会は奪われてしまうのでしょう。

それにしても、もう完全にオールドファンの域に入った自分として、「「内国産」というレッテル」に書いた 「父内国産」という過小評価の概念が席巻していた時代は、あまりに遠い過去であることを思い知らされます。 科学的意義は別として、内国産の父系が伸びることなど到底想像できない時代でした。 競馬の歴史修正主義者には、そんな概念は日本にはなかったと言われてしまうような気さえしてしまった、 先週のジャパンカップのイクイノックスが魅せた世界ランキング1位の走りでした。

(2023年12月3日記)

イクイノックスの種付料は 2000 万円と発表されました。 驚きはしましたが、これだけの鳴り物入りですし、私自身が値段を決定する立場だったならと想像すると、やはりビジネスなのですから、 このような値を付けてしまうかもしれませんね。これでもすぐに満口になってしまうのかもしれませんが、種牡馬というものの評価は、 実際に産駒が走ってからでないとなんとも言えないということを忘れてはならないでしょう。 それにしても、来年の社台SSにおける最高種付料の2頭はブラックタイドの仔と孫という現実に、なにか不思議な気持ちにさえなります。

(2023年12月7日追記)


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