サイヤーラインというもの
Sire(種牡馬)の片仮名について、大半の書物やウェブサイトは「サイアー」と表記していますが、私は「サイヤー」にこだわっています。
その方が本当の発音に近いと思いますし、言いやすいからですが、深い意味はなく、意固地で偏屈な私のこだわりにすぎません(ちなみに『優駿』は「サイヤー」)。
昨日の記事によれば、オーストラリアに移籍して現地でGIを2勝したブレイブスマッシュは、現地で種牡馬入りするとのこと。
ご存知のとおり、この馬の母の父トウカイテイオーは種牡馬としてそのサイヤーラインを残すことはできませんでしたが(断定しちゃいます)
(※文末に「追記」)、
ブレイブスマッシュが種牡馬として活躍馬を輩出することになれば、海外の活躍馬の血統表には「Tokai Teio」といった文字が現れることとなり、
われわれ日本のファンにとっては何か心躍る気持ちになりますね!
ところで、血統を論じる上で、サイヤーラインが依然(過度に)重視されてしまっています。数日前に目にした著名な血統論者の著書には、
或る競馬場の或る距離のレースでは「グレイソヴリン系の血が強い」とあったのですが、Grey Sovereign は70年以上も前の1948年生まれです。
日本でのこのサイヤーラインと言えば、その昔なら Sovereign Path ⇒ スパニッシュイクスプレス ⇒ アローエクスプレス の流れが王道でしたが、
こちらでも書いたとおり、内国産種牡馬冷遇の時代ではこのラインが伸びることはありませんでした。
現在の日本での Grey Sovereign のラインは、ゼダーン ⇒ Kalamoun ⇒ カンパラ ⇒ トニービン ⇒ ジャングルポケット ⇒ トーセンジョーダン あたりがメインでしょうか。
世界を眺めると、フォルティノ ⇒ Caro からの流れの方がラインとしては威力があり、⇒ Siberian Express ⇒ In Excess ⇒ Indian Charlie と来て、
その仔の Bwana Charlie や Uncle Mo あたりが現在は活躍馬を輩出しています。
アローエクスプレスは1967年生まれで、Grey Sovereign から数えて3代目です。一方でタマモクロスも同じ3代目ですが、1984年生まれと17年もの差があります。
また、武豊が昭和の時代にクラシック制覇をしたスーパークリークは1985年生まれですが、その時点で既に Northern Dancer の4代目でした。
同じ Northern Dancer 系でも、日本でも供用されたハードスパンは2004年生まれながらも未だ2代目であり、将来生まれてくる産駒でさえ3代目です。
言いたいのは、同じ○○系と言っても、半世紀以上も前の馬である Grey Sovereign や Northern Dancer の子孫は、同じ年齢であっても代がばらばらであるということであり、
1代違えばその遺伝子の継承量も半分違うということです。ノヴェリスト産駒のラストドラフトが京成杯に勝って「Blandford 系」などと言われますが、
1919年生まれのこの馬の生誕100年祭でもあるまいし……と思ってしまうのです。
さらに、オス(雄、牡、男)という性はY染色体を保有することで決定されることはご存知のとおりです。
つまり、サイヤーラインの意義を主張する論者の拠り所の1つに、「同じ父系の馬なら同じY染色体を持つ」というのがあります。
しかし、確かに牡という性決定を行うのはY染色体ではあるものの、牡となった個体が自らを牡と特徴づけるホルモンは常染色体にある遺伝子が深く関わるとされ、
Y染色体には性決定以外に有用な遺伝子が殆どないというのが現在の生物学(遺伝学)の定説です。
以上からも、ひとくくりに「○○系」のようにサイヤーラインを論じるのは全くの無理があるということです。
なお、母系の重要性と母性遺伝するミトコンドリアDNAのことは、別稿でしつこいほど書きました(例えば こちら)。
拙著『サラブレッドの血筋』の初版と第2版の副題は「サイヤーラインとファミリーライン」であり、各々の樹形図を掲載しましたが、
次版(第3版)ではサイヤーラインの樹形図は掲載しないことにしました。
理由は、2001年以降生まれの全GI馬を網羅したファミリーラインの樹形図の頁数がかなり膨大になりつつあるのと、サイヤーラインの意義を見出せなくなったからです。
ちなみに、現時点で第3版の副題は「偉大なる母の力(Discover Maternal Power)」を考えています。
父系に依然こだわることは、「男社会」の様相が依然根強い社会構造とどこか相通ずるものがありますね。
ディープインパクトの「種付料4000万円」は父方偏重を見事なまでに体現しています。さあ、数年後のロードカナロアの種付料は???
今日の桜花賞、ディープインパクト産駒が5頭出走しましたが、そのうちの4頭の母は輸入GI馬であり、その中の1頭であるグランアレグリアが勝ちました。
この勝利がその父親の威力とばかり言われないことを願うのですが……。
最後にブレイブスマッシュの話に戻しましょう。トウカイテイオーは確かにサイヤーラインを残すことはできませんでしたが、
血統を論じるうえでサイヤーラインにこだわることに意味はなく、父の母の父だとしても、種牡馬として、将来の活躍馬の血統表の1箇所にその名が刻まれていたならば、
それは素晴らしいことだと思うのです。
(2019年4月7日記)
トウカイテイオーはサイヤーラインを残せなかった……と書いてしまいましたが、こちら で書いたとおり、
「トウカイテイオー後継種牡馬プロジェクト」 というものが進行していて、応援せざるを得ない気持ちになります。このプロジェクトの今後を見守りたいと思います。
(2020年1月19日追記)
戻る