あらためて吉沢譲治さんのこと
近頃、仲間内や知り合いと血統の話をした際に「吉沢譲治さんを知ってる?」と訊くと、「知らない」という答えが返ってくることが大半で、
吉沢さんは忘れられつつあることを痛感します。まあそれは時代の流れでもあり、仕方ありません。しかし、その名前がこの世界から消えて、
「血統」を独自の視点でしっかりと斬り込むノンフィクションライターがいなくなってしまったような気がするのです。
私と吉沢さんのお付き合いの始まりは こちら に書いたとおりです。
それまでに吉沢さんの著書はいくつか読んだのですが、どうも強い馬が突如出現することを遺伝子の「突然変異」に帰結する論述だけは違和感を抱いていました。
『日本最強馬 秘められた血統』を読んだ際は思い余って出版社のPHP研究所に、
「著書をいくつも読ませて頂きましたが、優れた競走馬が突然出現することを安直に『突然変異』に帰結してしまい、この言葉を多用してしまっているような気がします」
と差し出がましい手紙を出してしまいました。「あんな美人の娘があの母親から生まれたなんて突然変異だ! のような揶揄に使うのなら分かりますが」
のようなことも書いていたかもしれません……。
その後、私は Sadler's Wells と El Prado の親仔関係を疑った際(こちらを参照)、
最初に対処を相談させて頂いた新聞記者のAさんが吉沢さんにも相談してみましょうと打診下さったのが、私と吉沢さんの実際の出会いであり、それ以来とても懇意にさせて頂きました。
その時にあらためて頂戴したメールが以下です:
「あのお手紙に書かれていた『突然変異』の多用については、痛いところを突かれた感じで、ハッといたしました。おっしゃるとおりです。
出版社側から一般読者に対して『わかりやすさ』を求められるので、ついつい『突然変異』を用いてスルーしてきたのですが、今後は気をつけたいと思います。
ご指摘、本当にありがとうございました」
また、そのメールには、山野浩一さんとの苦いご関係も色々と書かれていたのですが、ちょっとここでは差し控えます(苦笑)。
吉沢さんが病に倒れたのが5年前です。しばらく連絡がつかず、連絡先も全く分からずにいたのですが、なんとか居場所の大分の施設の住所を入手できたので、
訪問可能かの確認の手紙をその施設に書きました。しばらくして、吉沢さんのお兄様から直接お電話を頂戴し、現状の説明を受けました。
そして僭越ながらも訪問させて頂きたい旨を伝え、快諾を頂きました。
一昨年の4月30日、そう、キタサンブラックが春の天皇賞を連覇した日です。
大分の空港で車を借り、1時間ほど走らせると施設に到着。玄関ではお兄様が待機して下さっており、中に入ると車椅子の吉沢さんがいました。
顔だけ見ると非常に元気そうなのですが……。
お兄様ご夫妻とは昼食を一緒にして色々なお話を伺いました。細かいことはここでは書けないのですが、想像もできないご苦労もされているようです。
午後になり、吉沢さんとは天皇賞の生放送を一緒に見ようかと思ったものの、競馬への興味は失せつつあるようで(ちょっとショックでした……)、
入浴の時間にも重なるので私は失礼をすることにしました。
残念ながら、もう吉沢さんが表舞台に出てくることはないと思います。
既刊本の文庫化の打診の手紙が出版社から届いているものの、ペンを持つのもままならず返事を書けていないらしく、対応ができない旨の返事を代理でしてほしいとのことでしたので、
後日私からその出版社に代理で返事をしました。その昔は雲の上の人でしたので、そのようにサポートさせてもらうだけでも何か嬉しくもなったのですが。
いま私は、「ミトコンドリア」や「エピジェネティクス」をキーワードに母系の重要性の科学的探究をしており、
さらには、インブリーディング(近親交配)のメカニズムの競馬サークルにおける科学的啓発の必要性を説いています。
これらに関して、吉沢さんの『新説 母馬血統学 進化の遺伝子の神秘』(講談社+α文庫)や
『血のジレンマ サンデーサイレンスの憂鬱』(NHK出版)をいまパラパラと見ているのですが、新たな着想を得るヒントがいくつも書かれているような気がしてきました。
じっくりと読み直してみたいと思います。
あらためて思うと、山野さんも吉沢さんもJRA賞馬事文化賞の受賞者でした。
こちら にも書いたとおり、山野さんは亡くなられた後も盛大に偲ぶ会が開催されています。
一方、吉沢さんはまだまだ頑張ってらっしゃるのにその存在が忘れられかけています。吉沢さん自身にあまり情報も届いておらず、
石川ワタルさんとも懇意にされていましたが、私の訪問時は石川さんが他界してからしばらく経っていたもののご存知ではありませんでした。
「劇団ひとり」ではないですが、「ひとり吉沢後援会」の私として、今後も定期的に大分を訪問できればと思っています。
とりあえずは来年、拙著『サラブレッドの血筋』の第3版が完成して落ち着いた頃にと考えているところです。
(2019年8月11日記)
『日本最強馬 秘められた血統』を再読したのですが、この本には「突然変異」の話は見つからなかったので「あれ?」と思ったのですが、
よく考えると、この本の内容に感動した旨を書いた吉沢さんへの手紙に上記の旨を付記したのでした。
(2023年3月22日追記)
拙著『競馬サイエンス 生物学・遺伝学に基づくサラブレッドの血統入門』は発行後すぐに吉沢さんに1冊送りました。
本のページをめくるのも一苦労の身なので、拙著で吉沢さんの書物を引用した箇所は付箋を貼って送ったのですが、すぐに御礼の電話をもらいました。
しっかり目を通してくださったようで、お褒めの言葉も戴きました。
6年前に伺った際は競馬への興味は失せつつあるように見受けたのですが、最近はきちんと競馬は観戦している様子です。
不定期に面白そうな記事のコピーもお送りしているのですが、するといつも数日後に電話がかかってきます。
その度に最近のレースのことで話が盛り上がるのは嬉しい限りですが、久しぶりに吉沢さんに会いに行くことを検討しますかね。
(2023年9月8日追記)
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